「料理の前にコーヒーを飲んでくれ」
しばらくして厨房から出てきたマスターが私たちの前にコーヒーを並べ始める。
湯気を立てる漆黒は辺りに高貴な香りを放つ。
「ありがとうございます!」
「それにしても今日は大所帯だな?」
「これからはこうなるんだよ!なんとチームを組んだんだ!」
スパーダが嬉しそうに答える。
「へぇそうかい。4人でもチーム組んでなかったんだな」
「そう!エデンズカフェっていうんだよ!」
「カフェ?面白いな。お前らもコーヒー出すのか?」
笑いながらマスターが冗談めいたことを言う。
「違うよ~。私たちの名前に因んでるらしいよ」
「ほう」
そして話しているうちにマスターは全員分のコーヒーを机に並べ終えた。
「美味しそうなコーヒー!」
「美味しいぞ」
当然といったようにマスターはクールに答える。
「少し冷まそうかしら」
「いやだめだ!マスターのコーヒーはいれたてでないと!」
猫舌のダイヤがコーヒーに息を吹きかけようとすると隣でスパーダが騒ぎ始める。
「別にいいよ。好きに飲んでくれ」
マスターはそう言ってくれているがスパーダは止まらない。
「私はいくぞ!うおおおぉあちぃぃいい!」
一気にコーヒーを口に含み盛大にやけどしたようだ……。
「言わんこっちゃない……」
ダイヤが呆れたように嘆息する。
「スパーダってたまにアホだよね」
「傷つくっ!」
やけどの痛みとクローバーの発言で涙目になりながらスパーダが吠える。
「あ、今のちょっとロメオっぽかった」
笑いながらクローバーがそれをバカにする。
「あんなのと一緒にしないでくれっ!」
「照れるなッ!」
スパーダの叫びにに呼応するようにロメオが現れた。
「うわっ!勝手に出てくんなっ!」
「あはは、ロメオほんとに出てきちゃった!」
「リリィとモカは初対面じゃないか?」
笑い続けるクローバーと対照的に冷静にダイヤが訊いてくる。
「あ、実はさっき会ったよ」
「そうなんだ。でも新しいエトンも手に入ったわけだしちょっと顔合わせしておく?」
横でそれをきいてたクローバーは精霊の顔合わせを提案してくる。
「マスター、大丈夫?」
「構わんよ」
マスターはあっさりとした感じで許可する。他にお客さんもいなかったことだし好都合だった。
「よーし、じゃあロメオっ!お前はちょっと控えめにしとけよっ!」
「当たり前ッ!」
「うるさいってのっ!」
「お前もな」
既に騒ぎ出しているふたりを咎めるようにダイヤが囁く。
「じゃ……じゃあみんな出すよ!」
ダイヤに諭されさっきより小声にしながらもスパーダがみんなに呼びかける。
「きなさい、イブキ」
1番始めに精霊を呼んだのはダイヤだった。
「ぱんぱかぱ~ん!イブキくんの登場だぞ~!」
やけに目立ちたがりそうなハリネズミが出てきた。
その背に負う針は様々な色合いでよく目立つものだった。もちろん針のないお腹側もお洒落な感じの装飾を付けていてその手には青色の魔導書を抱えていた。
「あんまりはしゃがないで」
ダイヤはイブキの頭を軽く握る。
「出てきていきなりそれはちょっと……」
「ダイヤの深層はこんな感じなのね」
「変な分析しないでちょうだい」
ふむふむと頷いているとすぐにダイヤに止められた。
「じゃあ次は私っ!おいで~!ティーナ!」
次はクローバーが精霊を呼ぶ。
「……ども」
今度はすごく控えめそうなウサギが出てきた。
他のみんなの精霊は煌びやかだったのに対してティーナはやけに質素な格好をしている。目立つのを完全に避けているような風体で、その身体を隠すように黄色の魔導書を抱えていた。
「………なんかさ……いや……まぁ……そういうもんだよね」
「はっきりいいなよ!」
「いやなんか……みんな心の中は違うんだなぁって」
「だから~!別に完全に心を映した存在じゃないんだって!」
恥ずかしそうにクローバーが叫ぶ。
「じゃあモカも呼ぶよ!マシュゥ!」
今度はモカちゃんが精霊を呼び出す。
「やっほーモカ!」
ご機嫌そうな焼きマシュマロみたいなクマが出てきた。ふわふわとした真っ白な身体と少し焦げ目のついた頭や肩なんかが香ばしそうな見た目だ。
どっしりとした身体で赤色の魔導書を抱えている。
「ちょっと安心したよ」
「えへへー」
照れくさそうにモカちゃんが笑う。
「さぁ最後だよ!リリィ!」
クローバーが期待を込めたように私に精霊の発現を促す。
「お前の精霊の粗探しは任せろよ!」
「だからそれは違うんです……」
スパーダはまださっきのことを言ってる……。
「アミィ!」
「はいは~い!」
私が呼ぶとアミィが返事をしながらぽんっと出てきた。
「……え?」
「な……なんで……?」
アミィが現れると、唐突に場が静まり返る。
「えっ……ちょっとみんなどうしたの?」
「あぁいや……ちょっと驚いたっていうかさ。……人の形した精霊なんて、初めて見たから」
「もう~そんな珍しいモンでもないよ!ボクはアミィ。この緑のエトンの精霊さんなんだよ~」
場の雰囲気を気にすることもなくアミィはとぼけた口調で自己紹介する。
「緑のエトン……ってのも聞いたことないわね……」
ダイヤが考え込むように呟く。
「さ……流石リリィねぇね……ほんとに1番いいの引いちゃったんじゃない……?」
モカちゃんもこれに関しては若干引いてるようで、アミィから少し距離を取っている。
「ちょっとちょっと!そんなこと言ったらキミの精霊さんに失礼でしょ?」
「あ……ごめんなさい」
アミィに叱られたモカちゃんはびくりと身体を跳ねさせる。
「でもリリィさん、すごいです。なんだかむしろ私の方が憧れちゃいそうな……」
ハートは素直に褒めてくれているようだが……。
「や……やめてよっ。まだ私なんにもしてないって」
「そうそうっ。これからしていくんだよ、リリィは。ね~!」
「う……うん」
やけに馴れ馴れしくアミィが私に引っ付く。
「もしかして不安なの?大丈夫!このアミィちゃんがいればキミはもう迷わないさ!」
私が知らないからこそ不安が多いんだけど……。
アミィなんて原作に出てこなかったのにやたらに主張が激しいじゃない……!
「でも確かに頼りになりそうな精霊ね。何でも知ってそうじゃない」
「期待してよ!」
クローバーの言葉に応えるようにアミィは胸を叩いてみせる。
「でもなぁ、エトンの精霊だろ?サポート役にできることなんて……」
「ほいっ」
文句を言ったスパーダに見せつけるようにアミィが指を振ると、振った指の軌道に火が走った。
「驚いちゃった?」
「はっ……はぁ?」
それを見たダイヤが普段出さないような素っ頓狂な声を上げる。
「おいおいおい!なんだよそれ!」
「私たちは魔法を自由に使えないの!?」
エトンの精霊たちも口々に驚いた声を出している。
「えっと……エトンの精霊さんたちの動揺を見る限り、これは異常なこと……なのカナ?」
そんな殺伐とした雰囲気の中でさえアミィは尚もとぼけたことを言いながら辺りを見回している。
「……異常なんてもんじゃないぞリリィ。こいつは危険だ。お前、最悪死ぬことになるぞ!」
がたりと音を立てて席を立ちダイヤがアミィに詰め寄る。
「そ……そんな脅かさないでよダイヤ」
席に座ったままの私と店の中央あたりにいるアミィとの間に割って入るようにダイヤが立ち塞がる。
「考えてもみろ。こいつは自由に魔法を使えるんだぞ。エトンに縛られている精霊が自由を求めたかったら真っ先に狙うのはなんだ?」
ダイヤは私を諭すように問いかける。
「本の……持ち主?」
「そうだ。こいつは自分が開放されるためにお前を殺すだろう」
ダイヤは私が恐る恐る口に出した答えを肯定し、物騒な結論を出した。
「ちょ……ちょっと待ちなよっ!なんでボクをおいてそんな物騒な話をしてるのさ!ボクがそんなことするはずないでしょ!」
アミィがダイヤの後ろでぴょこぴょこ顔を出しながら抗議する。
「信じられるかっ!」
普段冷静なダイヤが信じられないくらいの叫び声を上げた。
「ま……まぁまぁ落ち着きなよダイヤ……。マスターごめんうるさくして」
スパーダがダイヤを宥めるように彼女の腕を引く。
「いいんだ。料理はもう少し待ってね」
「あ、うん」
この人は逆になんであんな冷静なんだ……。
「とにかくボクはキミたちに危害を加えるつもりはないよ。人ってのは強い力を見るとそういう考えを持ちがちだよね……。でもね、ボクたちエトンの精霊はキミたちエトンの所持者と契約している以上は、キミたちが死んでしまったら同時にエトン召喚前のように可視化できなくなってしまうんだ。あの状態では気体と同じだよ。意思はあるけど作用はできない。そうなりたくないからみんな使役されるってわけ」
アミィは感情的になってしまったダイヤとは対照的に、極めて合理的な答えをもってダイヤを諭した。
「なるほど……確かにね。どうかな?ダイヤ」
「……確かに頭ごなしに否定してしまったな。……自分がそうされたらと思うと今のアミィの心中は察するに余りある……すまなかった」
しっかりとした答えを用いたことでダイヤを納得させることができたようだ。
「わかってくれればいいんだよ~」
意に介さないようにアミィはにこにこと笑いかける。
「でもでも!なんでリリィのエトンに?」
「それはね、リリィは資格あるものだからだよ」
「資格なんて……そんなの……」
アミィが大きい言葉を放つものだからつい口を挟んでしまう。
「ケンソンしなくていいよ。キミは特殊なチカラを持っている。それを導くのがアミィの使命なんだよ」
「……わかったよ」
私までもこの子に諭されてしまう。
「まぁでもな!リリィ!資格だなんだって言ったって何するかわかんないんだろ?だったら私たちと同じよ!」
「スパーダ……」
ガッツポーズを決めながらスパーダが励ましてくれている。その言葉だけでとても頼もしく感じた。
「一応忠告はしておいたからな。支配だけはされるんじゃないぞ」
ダイヤは嘆息しながら額を押さえた。
「ま……まだ疑ってるのキミ?流石に悲しいよ?」
アミィがその様子を見て表情を曇らせる。
「あぁ、いや……すまない……だが!私は警戒を怠ってはいかんのだ!」
自分に言い聞かせるようにダイヤは叫ぶ。
「ダイヤ……」
「私はな……自らの不注意で起こした事故で家を追われたんだ。他の誰かが自分のようになって欲しくないんだ。わかるか?」
悲しそうにダイヤが語る。
「うん。わかるよ……」
「アミィ……お前のことも信じて受け入れたい。だが得体の知れない存在なのは確かなんだ。誰も持っていない色のエトンから生まれ、精霊にしても外見が特殊。おまけに魔法も使える。イレギュラーなんてもんじゃない。……でも、だからこそお前にしかできないことが……きっとあるんだろうな」
「ありがとう……!」
なんとかアミィを認めた様子のダイヤを見てアミィもぱっと表情を輝かせた。
「うんうん、友情を感じたよ。もうアミィとダイヤは大丈夫だね」
「うん!」
「一応……な」
申し訳なさそうにしつつも自戒のためにダイヤは一言付け足した。
「お嬢さん方もひと段落したところで料理が出来たぞ」
頃合を見計らったのかマスターが料理を持って席へやって来た。
「うわあ!マスター!」
「そら、チーズオムライスを食らえ」
言葉とは裏腹に優しくことりと目の前に料理ののったお皿が置かれる。
険悪だった場の雰囲気は一気に美味しそうな香りと天使たちの嬌声によって幸せに上書きされる。
「ありがとうございます!」
「リリィさん!そのチーズオムライスは絶品なんですよ!」
「もうね、立ち上る湯気から香るこの甘い香りが全てを物語っているよ……!」
「ほら、他のみんなも」
マスターが次々と料理を持ってくる。
「よし、じゃあ食べようか!」
「あ、そういえば精霊たちは食べなくて大丈夫なの?」
「さっきボクはキミが死ぬと消えるみたいな意味合いなこと言ったでしょ?そんな感じでリンクしてるんだ。ボクたちは」
「へー!じゃあ味とかもわかるの?」
「わかるよ。でもキミが感じる味が1/2になったりすることもなければボク自身で遮断することもできるからゴミ捨て場の残飯を食べ始めても大丈夫さ」
「いや流石にゴミ捨て場の残飯なんて食べないけど……」
どういう喩え……?おすそわけしてるわけではない、みたいな……?
「はい、じゃあいただきますしよ!」
「いただきます!」
私たちは料理を食べ始めた。
「これが夢にまで見たロザリアのチーズオムライス……!とろけるタマゴとチーズの織り成すハーモニーはまるで天界で育まれた愛と魂の……」
「よくわかんないこと言ってないで熱いうちに食べな」
「は……はぁい」
私の食レポを最後まで言わせることもなくマスターはばっさりと切り捨てる。
「うーん……でもほんとにおいしいね!チキンライスってこんなに美味しくなるもの?」
「言ったろ?この国イチだって」
「偽りないね!」
数分後、空になった皿を前に腹をふくらませた6人の天使たちは皆だらけきった笑顔を見せていた。
「ふう、おなかいっぱい」
「マスター、ごちそうさま。すごくおいしかったよ」
珍しくダイヤまでもがさっきまでの剣幕が嘘みたいに機嫌上々だ。
「そいつぁよかった。いつでも歓迎するよ。エデンズカフェのみなさん」
マスターはそう言ってウインクする。
「おぼえてくれたんだ!」
「当たり前だろ?お前らがチーム組んだってのは俺にとってもいいニュースだ」
「ありがとう!」
「じゃあお勘定お願いします」
「あ、今日は私がまとめて払うわ。スモールデッドの討伐報酬結構あったから」
スパーダが手を挙げて皆を制する。
「いいのスパーダ?」
「多分私が1番もらってるよ」
ふふんとにやけながらスパーダが自慢する。
「前衛で守りながら戦ってたもんね」
「じゃあ全員で……30二ーディだな」
マスターが会計を読み上げる。
「全員で!?」
「何を驚いてるんだいお嬢ちゃん」
「あ、いや……」
ゲームだと装備品の購入や強化に使ってたからこういう日常的な単価は知らなかった……!500二ーディって大金じゃないの……!
「よし、ごちそうさん!またくるね!」
「待ってるよ」
私たちは店を出た。
「よし、じゃあ今日は帰ろうか」
「あ、私ちょっと寄るとこあるから」
クローバーがそう言って立ち止まる。
「じゃあここで解散にしようか」
スパーダの号令で各自帰宅することになった。
「おつかれ様です」
「また訓練頑張ろうなぁ」
「じゃあね~」
それぞれが別の道へ歩いていく。……全員寮に戻るはずだしなんやかんやみんなどっか行くのね……。
「私はリリィねぇねについてこ」
「一緒に帰ろっか」
私はモカちゃんと一緒に帰ることにした。
「ね、リリィねぇね」
「ん?」
街灯の薄暗い灯りだけが照らす夜道で、ぽつりとモカちゃんが話しかけてきた。
「私今、すごく楽しいよ。友達が出来て、チームまで入っちゃってさ。全部リリィねぇねが来てからなんだ」
そう言って可愛らしい笑顔を私に向ける。
……モカちゃんは、本当のルートだとフォーカードとは対立してしまう運命だった。
癖のある子どもっぽさからクラスで孤立した彼女は自然と周りを避けるようになり、魔法生物にその心のスキマをつかれ……そして敵としてフォーカードの前に立ち塞がったのだ。
魔法生物と同化して、説得も通じなかった彼女を救うには、それ以上被害を広げないためにも彼女を討ち倒す他なかった。
人間性の戻った僅かな時の中で、彼女はただ友だちが欲しかったと泣きながらその短い人生の幕を閉じた……。
そんなモカちゃんの運命を知っていた私としては彼女の天真爛漫さが目眩がするほどに眩しい。純粋すぎるからこそそんな顛末になったんだろう。
「モカちゃん。私もだよ。だから、ずっと一緒にいようね」
「……っ!うんっ!」
モカちゃんが手を握ってきた。
「なにしてるの?」
「えへへっ!これでずっと一緒だよ!」
寒い夜風が吹いたってへっちゃらだ。だって2人の心は、しっかりつながってるんだから。