スモールデッドの襲撃を受けた第3天使アカデミーだったが、天使たちの迎撃により被害はほぼ無し。数名の負傷者を出したのみだった。
その数名のうちの1人が……私なんだけど……。
「リリィねぇね!大丈夫?」
警戒態勢が解除されたことを告げるアナウンスが流れて間もなく、モカちゃんが大慌てで医務室に駆け込んできた。
「モカが間に合ってれば……ケガなんてしなかったのに……」
私にかけられた毛布をきゅっと握りしめてモカちゃんは自分を責める。
「いや、全部私が悪いの。甘く見てみんなから離れすぎたんだよ」
「でも深い傷じゃなくてよかった……最初の戦闘で死んじゃった子もいるから……モカ……怖くて……」
私の傷口をそっと確かめるように撫でている。
「大丈夫。私は死なないよ。絶対に」
「ほんとう?」
「うん。約束する」
「それじゃあ安心だね!」
モカちゃんは涙を浮かべながら笑った。
正直私は死んでも元の身体に戻るだけだと甘く考えていた。でもそれは間違いだ。この子たちとこうして絆を育んでいる以上、私は死ぬことはできない。私が死んだことがこの子たちの心に深い傷を残すだろうから。
憧れたセカイではあるけれど、自分がその中の歯車になっている以上は、私はリリィとして物語を作っていかなければならないんだ。
「こんな時……ハートは……」
頑張っていた……!どんなに絶望的な時でも諦めずに!足りない分は努力して、仲間の力を借りて、そうしてみんなと並んでいた!
「なるんだ……私も……!」
「リリィねぇね……?」
「モカちゃん!私!強くなりたい!」
情動を抑えきれなくなった私はモカちゃんの肩をがしりと掴んで無茶な願望を叫ぶ。
「わっ!……うん!なれるよ!だってリリィねぇねの魔法、すごかったもん!焦らずに経験を積んでいこうよ!そしたらみんなを守れるようになるから!」
モカちゃんは笑顔で答えてくれた。この子のために、みんなのために、私は強くならなければならない。
「うん!頑張る!……ってて……」
やる気を出したところで回復は追いついていない。まだ噛まれた傷がじんじんと痛む。
「回復に専念するのも大事なことだよ!今は修行より休養!いい?」
さっきまでの弱気な様子から一転、キリッとしてモカちゃんが私に指を押し付ける。
「はーい」
「よし!じゃあもうちょっとしたらみんな帰るからその時また迎えにくるね!」
「ありがとね。モカちゃん」
「うん!じゃあね!」
モカちゃんが走り去る音が遠ざかると医務室はしんと静まり返った。
この静けさが今の自分に痛いほど刺さった。
しばらくするとまた誰かの足音がゆっくりと近づいてきた。
「おい……いるか?」
「この声……!ニール?」
カーテン越しに呼びかけられた声はニールのものだった。
「……ケガをしたと聞いた。大丈夫か?」
「うん。平気。ちょっと毒をもらっちゃったからあんまり動けないだけ」
「それは平気じゃないだろう……」
喘息しながらそう言うがその声音からは私の無事を確認して安慮していることが伝わってくる。
「でもニールも私の事心配してくれたんだね。ちょっと意外かも」
「心配など……いや、心配してる」
ニールは軽く咳払いをして誤魔化す。
「……入るぞ。」
渡しに確認してからカーテンを開けて顔を出した。
「リリィ。……お前を苦しめた魔法生物が憎いか?」
「魔法生物が……」
この質問の意図を、私は知っている。
「憎くないよ。だって、魔法生物だからって全部悪いやつじゃないでしょ?」
「……不思議なやつだ。お前は。……あいつらみたいだな」
「確かに天使たちは上辺だけ見てるかもしれないけど……いつかはみんなが幸せに暮らせたらいいよね」
これは、ニールの願いでもあった。
「お前……!……そうか」
ニールは驚いた顔をしたが再び冷静な顔を取り繕ったようだった。
「ふっ。魔法生物に襲われたのにそんなことが言えるのは、よっぽどのお人好しか」
わざとイヤミっぽくニールが返す。
「私たちだって傷つけてるでしょ?だったら同じことだよ。お互いに納得いくまでは傷つけあうしかない。でもその先に和解の道があったなら、それは素敵なことだなって。そう思うよ」
「綺麗事だな。……だがまぁ……お前がその道を目指すというのなら……俺が力を貸してやらないこともない」
「えっ!」
「……じゃあな」
ニールは顔を隠すようにして出ていってしまった。
「ニール……デレた?」
寡黙で人に心を開かないはずのニールが何故か変わりつつある。その心を開くのはハートのはずなのに……。
「まさか……ね……」
運命の分岐点は徐々に動きつつあった。
ようやく身体が軽くなってきた私は放課後を迎える前に教室に戻ることにした。
「あ!リリィ!大丈夫なの?」
「今からみんなで行こうとしていたんです」
「どうだ?毒は抜けたか?」
私が教室へ入ると、みんなが心配そうに駆け寄ってくる。
「うん。なんとか大丈夫そう。傷もハートのおかげでちゃんと塞がってるよ」
「よかったです!毒も抜けるようになればいいのですが……」
ハートはまた落ち込んだように呟いた。
「いやいや、傷を塞いでくれただけでも十分だよ!」
「頑張って使えるようになりますね!」
ハートはグッと力をこめるようなポーズをした。ファンの中でも人気の高い"頑張りハート"のポーズ!実物を見られるとはぁ……!
「あのっ!もう1回!いいかな?」
「えっ。がっ……頑張ります……!」
出ましたもう1回っ!
「くぅぅう!」
た……たまらんっ!
「……リリィ、頭を打った?」
「はっ!あぁいや……なんでもない!」
アブない人だと思われても仕方ないな……私はよだれを拭いてぴしりと気を引きしめる。
「でもリリィ、ほんとに最初にしてはすごかったよね~」
「弩の属性付与に、襲われた時に咄嗟に武器を盾にする判断力。結果としては攻撃は受けたが致命傷を避けられたのはあの時の防御があったからこそだろうな」
頷きながらダイヤが分析する。
「スモールデッドの動きや弱点を把握してないと出来ないことだよ!はじめての戦いなのにどうしてわかったの?」
クローバーが無邪気に核心を突いてくる。
「うーん……なんか想像できた?」
今はまだはぐらかすしかないが……。
「そのイメージ力こそ強い力になるんじゃないか?」
「ダイヤ、珍しく褒めちぎるじゃん」
「私は正当な評価しかせん」
指摘されて照れくさそうに目を逸らす。……確かにダイヤは実力主義であまり人を褒めたりはしない。そのダイヤがここまで言うということは、彼女はきっと私のことを悪く思っていないということだろう。
「ダイヤにそんなに認めてもらえるなんて……!」
「だがまあ、初めてにしては、だ。これからそれに驕るようでは痛い目を見るぞ」
「もう見てます……」
「それ以上に、だ」
「わかったよ。というか!だから私強くなりたいの!……手伝ってくれる?」
図々しいお願いなのはわかっている。でも私が強くなりたい思いは本気だ。
「もちろんだよ~!」
「私たち、もう仲間でしょ?」
「リリィさんのお役に立てるなら、なんでもします!」
「私も断る義理はない。ともに戦うんだ。ともに強くなった方がいいだろう」
反対する子はひとりだっていなかった。
みんなが私を受け容れてくれた。
初戦からやられてしまって内心穏やかではなかったが、それだけで私は救われたような気持ちになった。
「ありがとうみんな!」
「モカもいるよ!」
ぐいぐい腕をひっぱりながらモカちゃんもアピールする。
「ありがとね!」
……ちょっと痛いケド。
「じゃあ今度から私たちの戦闘訓練に参加してもらおうか!」
「そうしよう!」
「いいの!?」
スパーダがいきなり出てきた提案に驚いてしまう。
「なんなら私たちでチームを組もうか。6人で戦えば何も怖くはない」
「えーっ!?」
その驚きを更に上回る提案には嬌声を上げる他なかった。
原作では同じ学生寮で何度も戦いをともにした4人がようやくここで正式にチームを組むはずだった!まさか私に、さらにストロベリー・モカまで加わっちゃうの!?
「あの……いいの?」
「何が?」
「4人で1チームとか……」
「何人だろうとチームはチームよ」
スパーダがどんと胸を叩く。
「そうそう!それに私たち、チームワークばっちりだったでしょ!」
「それは4人が……」
「謙遜するな。お前とモカがいればさらに強くなるんだ」
「うー!わかった!6人でチームを組もう!」
もはやここからは私も遠慮するべきではない!チームの一員としてこの世界に在るんだから!
「そうこなくっちゃ!それじゃあチーム名は……」
「……チーム名は……」
なかなか決まらない。
それもそのはず。この子たちの名前に準じた別のチーム名が原作にはあったのだ。
6人にメンバーが増えてしまった今では原作のチーム名『フォーカード』にはなりえない。
こうなってしまったからには私が責任を取るしかない……。
「……エデンズカフェでどう?」
よく考えてから私は彼女たちに提案する。
「どうして?」
「エデンはこの国がそれっぽいしカフェは私たちの名前の特徴から最も合いそうなものを選んだの」
「ほえ~すごいんだねリリィ」
「じゃあそうしよう!私たち6人でエデンズカフェ!」
4人で『フォーカード』になるはずだった天使たちのチームは全く違う名前、人数に塗り替えられてしまったわけだけど……これこの後のストーリーに絶対に関係しちゃうよね……?
「じゃあ早速明日から訓練に参加してもらうから!」
「よろしく~!」
「こちらこそ!よろしくね!」
「……仲間になったからには厳しくいくからな」
ダイヤは厳しい視線をこちらに送ってきた。
「大丈夫だよ~ダイヤ、こうみえて結構お母さん系だから」
「厳しいっていうのが保護者的な意味なんだよね。ふふふ」
しかし周りの天使たちは茶化し始める。
「……植え付けるぞ?」
ダイヤは一言だけ発してぎろりとクローバーの方を睨みつける。
「なんか恐ろしい脅し文句だね……」
「実際ダイヤの植樹魔法は恐ろしいぞ……。真似しようとしても生命を植え付けるのは高い魔力が必要だしあれを食らうことを想像すると色んなところが気持ち悪くなる……」
「中から侵食させるからな。人にやったら大変なことになるだろう」
妖しく笑いながらダイヤが解説する。
「……1番敵にしたくないね」
「まぁ杖がなければ操れないくらい強力な魔法だからな」
「私もそういう必殺の魔法が欲しいですぅ……」
今なお自責の中にいる様子のハートが羨ましそうに唸る。
「ハートは攻撃のことは考えないでいいんだよ」
「そうそう。でもいてくれなきゃ困るんだから。みんなが安心して戦うにはハートがいてこそ!だよね~!」
みんなが優しくフォローしながらハートを撫でる。
「まあとりあえず明日からみんなでトレーニングするから。朝と放課後、集まるんだよ」
「わかった!」
強い5人の天使が一緒に訓練してくれる。これは私にとって非常に良い経験になるだろう。この世界で生きてくためにも、みんなと戦うためにも、私は頑張るんだ!