「おーい!きたぞー!」
前方から声が聞こえる。どうやら敵の襲来のようだ。
「あ、きたみたい!みんな構えて!」
その言葉を合図に全員が武器の顕現を行う。
「私も……!」
私は後方支援をイメージした武器を頭に描き魔力を込めた。
ぱきぃっ!
軽快な音とともに光が弾け美しい弩が現れた。
「お!リリィは弩か!それなら補助に向いてそうだな!」
「魔力がある限りは矢も作れるしね!」
「そんじゃあ頼む!」
私に声をかけたスパーダは身の丈ほどもある緑色の大剣を担いで飛翔した。そしてみんなの前に降り立つと外敵を迎え撃てるように構えた。
「きた!スモールデッドだ!」
ついに敵が目前に現れる。
それは小さくも醜悪な死者の群れで、やや距離のあるこの位置からでも不快感を煽る異臭を放っている。
腐敗しているのに行動は素早い、かつ集団で押し寄せる厄介な相手だ。
「油断するなよ!囲まれたら厄介だ!固まって周囲に気を配れ!」
「みなさん、こちらへ!」
ハートが先端にマスカットの連なる玉串を振るう。するとその周囲に透明な薄緑色のドームができた。
「この中にいれば多少は安全です!」
「よ~し!じゃあ私も行っくよ~!」
クローバーは果実のようなものが付いた2つの強靭な樹枝のような小刀を構え俊敏に敵に近寄り斬りつけて戻ってきた。
「ばっちり!」
「私も補助しよう……」
ダイヤは斬りつけられたスモールデッドの傷口に杖を向けるとその傷口から大量の植物を生やした。スモールデッドは呻きながら倒れ動かなくなった。
「大丈夫!私たちがいればあなたたちは守ってあげられるから!」
流石の一言だ。みんなはそれぞれの武器を活かしスモールデッドたちを簡単に相手取る。
「でも私だってやれるよ!」
役立たずでは終われない。
私は弩に炎の属性をイメージした矢を装填しスモールデッドの群れに放った。
見事に群れの真ん中に命中した矢は周囲のスモールデッドを巻き込み炎上した。
腐敗した肉は更に不快な臭いを広げながら焦げていく。その壮絶な光景の中で悶えながら上げる呻き声はおぞましく吐き気すら感じるほどだった。
「うわあ!リリィねぇねすごーい!」
「なかなかやるな!」
しかしそれが日常となる天使たちはまるでスポーツで高得点でも取ったかのように私を褒め讃える。
その違和感を押し潰すかのように私は強がる。
「スパーダが前線のスモールデッドを倒してくれるからだよ!」
「ねぇね!みててみてて!」
モカちゃんは私に砂場の傑作を見せるかのようにアピールして、スプーンみたいなハンマーを振り回しスモールデッドをミンチにしていた。
「すごい?」
こうやってみるとエグいな……。本当にこの子たちにとってはこの暴力が日常であり、上がる血飛沫や潰れ出る臓物を浴びることに何ら抵抗はないらしい……。
「うん……すごいすごい……」
「やったー!」
無邪気に喜ぶ天使は、真っ赤に染るストロベリー。滴る鮮血も美しく見えてくる……。
いやいや!引いてる場合じゃない!これは戦争だ。この魔法生物だって容赦なく私たちに襲いかかってくる。こいつらはまだ理性も何もないカタチをしているからやりやすい方のはずなのだ……。
「敵勢力減退!もう少しだぞ!」
でもこの調子なら大丈夫!この子たちやっぱり頼りになる!この布陣はそう簡単に崩されることはないだろうからベストを尽くしていれば必ず勝てる!
「ちっ!うち漏らした!そっちに行くぞ!」
「え……?」
どうやら正面に集中していたスモールデッドを捌ききれなかったらしい。
そのうちの一体が真っ直ぐに私の方に走ってきた!
「うわぁあ!」
弩は遠距離用の武器だ!近くに来られては属性の巻き添えを喰らいかねないし威力も弱いだろう。
「ぐぉおぉ……!」
スモールデッドが鋭い爪を振りかざして私に襲いかかる!弩を盾にしてなんとか直撃は避けたがまだスモールデッドは弩を押し続け私に迫りつつあった。
「う……ぐぐ……力強い……」
どれだけ力を込めようとも荒くて臭い息遣いがどんどん近づいてくる。
「だ……大丈夫ですか!?」
「誰か!カバーに行けないか!」
周囲の仲間たちもその様子に気づき私を助けようとしている。
「私が!」
近くにいたモカちゃんが持ち場を離れて私の許へ駆けつけようとした。
「も……無理……ぃっ!」
しかし非情にも時間は止まることはない。
既に組み付かれ抵抗できずにいる私は助けを待てる程の余裕は無かった。
私はそのままスモールデッドに押し倒され右肩に噛みつかれてしまった。
「ああぁあっ!!」
ぶしゅりと肉の裂ける音が聞こえる。
スモールデッドは満足気に私から剥ぎ取った肉を咀嚼する。
その抉れた眼窩から覗く深淵はまだ私を見据えており、次の一口を味わおうと私に迫る。
「リリィさんっ!」
「ふんっ!」
駆けつけてきたモカちゃんがスモールデッドの頭を吹き飛ばしてくれたのでそれ以上の追撃はされなかった。
だが吹き出した血はなかなか止まらない。
「い……痛い……!」
「じっとしててください!今手当します!」
ハートが玉串のドームを解除して私にその玉串をかざした。
その部分から温かな光が溢れ私の傷の痛みが少しずつ和らいでいく。
「すまん……私が不甲斐ないばかりに……」
近寄ってきたスパーダが唇を噛み締めながら私に謝罪する。
「反省は後にしなスパーダ!まだ終わってないよ!」
ダイヤが敵を引き付けながら彼女に喝を入れる。
「悪い!ごめんなリリィ……また後で……」
スパーダは私の頭を一撫でするとすぐに大剣を振りかざしスモールデッドを薙ぎ倒しに行く。
「よくもリリィねぇねをぉお!」
モカちゃんも絶叫しながらスプーンを振り回し辺りのスモールデッドを叩き潰している。
「くっ……!私も……!」
こんなところで倒れてはいられない。援護しなくては……!立ち上がるために腕に力を込め地面に突き立てる。
「だめです!なにをしているんですか!その傷で動いたら……!」
ぶしゅっと音を立て肩から血が飛び出す。
「うぅっ!」
「回復には時間がかかります!無茶をするようなら動かないでもらった方がいいです!」
ハートが目を見開き私を叱りつけた。
「ごめん……ハート……」
「……大丈夫ですよ。焦る気持ちもわかります。……でも無理したら死んじゃうんです。リリィさんには……死んで欲しくないんです……」
「ハート……」
玉串を握りしめるハートの手が小刻みに震えていた。
「片付いたか?」
「あとは……!こいつだけ……っ!」
モカちゃんがありったけの力を込めて最後のスモールデッドをぺしゃんこにした。
「ふう……なんとか片付いたか」
辺りは一面真っ赤に染まりそこに散らばる肉片はもうなにひとつ動くことはなかった。
「他のみんなは大丈夫かな?」
「ひとまずここで待機にしよう。リリィの様態も心配だ」
「うん……毒をもらっているかもしれない」
「大丈夫か?リリィ」
みんなが集まってきて私に声をかける。
「ちょっと……良くない……かも……」
スモールデッドの牙に含まれる毒のせいか、酷く体調が悪かった。視界が霞み耳鳴りもしてくる。更に周囲に満ちる悪臭で尚更吐き気を催してしまう。
「確かに顔色が悪いわ……ハート。どう?」
「スパーダさんの言う通り……毒を受けてます……。でも私、毒は治せないんです。安静にしてもらうしか……」
申し訳なさそうにハートが目を伏せる。
「仕方ない。私たちの部隊はここまでだ」
「みんな……ごめん……ね」
なんとか謝罪の言葉を絞り出す。
「お前が謝ることじゃない。リリィ。初陣にしては立派に働いたぞ」
「ダイヤ……ありがとう……!」
実力主義のダイヤがしっかり評価をしてくれた。それだけでも身体を張った甲斐はあっただろう。
「リリィ~守れなくてごめんね……。私、素早さが売りなのに……」
クローバーもモカちゃん同様に私を助けるために駆けつけてくれていた。しかしモカちゃんよりかなり離れていたため間に合わなかったのだ。
「あんなに離れてたら……仕方ないよね」
クローバーが私の手をぎゅっと握ってくる。
彼女のやるせなさが伝わってくるかのようにその手は震えていた。
「もう喋らせるな。ゆっくり休め。とりあえず医務室に運ぶぞ!」
もう既に身体は痺れ思考もまとまらなかった。力の抜けた私は天使たちに運ばれながらゆっくりと意識を失っていった。
「う……うぅん……」
目が覚めたのは暖かいベッドの上だった。
「ここは……」
「あ!目が覚めた?」
私の覚醒を察して声がかけられる。
「……スパーダ?」
ベッドのすぐ側にスパーダが座っていた。目覚めるのをずっと待っていたのだろうか。
「ごめんねリリィ……。私が守ってあげられたはずなのに……」
そう言って申し訳なさそうに頭を下げる。
「仕方ないって。だって、あんなにたくさんのスモールデッドを相手にしてたし……」
「仕方ないでリリィが死んでたら……私は悔やんでも悔やみきれない。もう……大切な人を守れないのは嫌だから」
そう言って強く目を閉じる。その表情は彼女の背負う大きな苦悩を顕しているかのようだった。
「スパーダ……」
「私さ、妹がいたんだ。お父さんとお母さんは顔も覚えてないんだけど、妹とはずっと一緒だったんだ」
スパーダが自身の過去を語り始める。
「……」
「でも2年前……。魔法生物の襲来で妹は、私の前で死んだ。守る力を持っていなかったから……。私に力があれば妹を救えたのに……」
私と妹を重ねるようにそう言うと、辛そうに胸を抑える。
「もうスパーダは……強いよ」
「いや!誰も傷つけちゃダメなんだ……私はまだ守る力を持っていない……。これじゃダメなんだ……」
自身の強さをもってしても守ることができない。でもそれは、ある意味では当たり前のことだ。全ての者を守ることなんてできない。手の届かない場所だったら尚更だ。
彼女の責任感の根源はその過去から来たもので、全てを守ろうとしてしまう。
それは間違ってはいないけれど間違っている。
こうして自身を追い詰めてしまう程の責任感がスパーダの強さでもあり弱さでもある。
私はそのことを知っている。そしていつも画面の向こうから伝えたかったことだってある。
「でもスパーダがいなかったら、もっと大変だったと思うよ」
「……」
「スパーダには、仲間がいるでしょ。その誰も傷つけないっていいながら……スパーダは傷ついてる。そりゃ確かに、誰も傷つかないならその方がいいけどさ。みんなが支え合って、傷つきあってでも勝てたなら……それでもいいんじゃない?」
「リリィ……」
「私ね、スパーダの勇敢さにもいつも勇気をもらってたんだよ。誰よりも強くてカッコいい。でも優しい。そんなスパーダだからこそみんな力になりたいと思ってるし傷ついて欲しいとは思ってないよ。みんなで力を合わせるからあなたたちは強いんでしょ?」
「……そうか……そうだな。わかった!ありがとうリリィ!みんなと対等だからこそ守ってあげる、なんて思っちゃいけなかったんだな!信じてるからこそ!だよね!」
ぱっと表情を明るくさせてスパーダが確かめるようにそう言う。
「うん!……とと……ちょっとまだふらふらする……」
話してるうちに疲れたのか一瞬意識が飛びそうになってがくりと首が落ちた。
「毒が抜けないからしばらくは安静にしててね」
そう言ってスパーダは私の肩を押してベッドに寝かせる。
「うん。ありがとね、スパーダ」
「ううん。……こちらこそだよ」
どことなく気を緩めた雰囲気のスパーダは、いつもの勇ましさより優しさが滲んで見えた。
「じゃあえっと……授業どうしよう」
「もう今日は授業はないよ。教室で警戒するだけ。多分もう今日は来ないだろうけどね」
「わかった。休んだら後でまた行くね」
「うん。そうしてくれ。じゃあまたね」
「はーい」
スパーダは去っていった。
「はぁ……やっぱり甘くはなかったかぁ……痛かったなぁ……噛まれたの」
毒もまだじんじんと沁みるように私の身体を痛めつけている。スモールデッドはかなり低級の魔法生物のはずだからこの先さらに辛くなるはずだ。
「はは……天使たちはかわいいけど……やっぱりハードだよ……」
私は1人で泣いた。この世界が怖いからじゃない。強くなりたかったから。私はせめてハートを逆に守れるくらい強くなりたかった。