ハートたちとの会話を終え私は自室に戻った。
「そういえば……ルームメイトは……?ハートではなかったみたいだけど……」
「ただいま~」
ガチャりと扉が開く音と共に声も聞こえた。
「あ、君が新入生の子だね。どもども~」
身長の低い桃色の髪の女の子だ。可愛らしいフリルのついた服を着こなし人形のようなキラキラとした瞳を持つ美少女……そう、この子のことももちろん知っている。
「あ……リリィっていいます」
とはいえ今は初対面。敬語で丁寧に接しないと……。
「フルネームは?」
「キューティ……リリィ」
「うんうん。いい名前」
ほんとかなぁ……。あんまり言いたくない名前。
「私はストロベリー・モカ。よろしくねぇ~」
「モカちゃん!よろしく!」
ストロベリー・モカ。少し変わり者の天使。ちょっと癖があるけどかわいいから許されちゃうみんなの妹みたいな子!
この子なら多分一緒に暮らしても楽しいと思う!
「うん!じゃあ部屋のルールを決めようか!」
「早速なんだね」
「当たり前じゃん!2人で暮らすなら不満にならないようにルールを設けるもんだよ~」
「じゃあどうやって決める?」
「えーっと……じゃあこの箱の中に紙を入れるから……それを引いた人がその当番になる……でどう?」
モカちゃんは堅実な提案をしてきた。
「その箱……米とか入ってないよね?」
「コメ……?よくわかんないけど紙を入れるんだよ。役割を一緒に書こうね」
「ん~でもそれだと永久に同じことやることになるよね?私的にはこう……当番は日とか週で変わるべきだと思うよ」
「うん。じゃあそうしよう」
彼女は私の意見を否定することなくあっさりと受け入れてくれた。
「簡単に折れてくれて助かるよ」
そうしてその当番を決めるためにちょっとした工作を始めた。
「やるべきことは食事とお風呂と……」
モカちゃんに当番にしたいことをきいて紙に書いていく。
「じゃあこの紙で……はい、私たちの名前を交互に書いた円の表を作ったから」
「これをどうするの?」
「名前の数だけ当番を書いてー、はいこれにこの円の表を合わせる」
「あ、もしかして!」
「ぐるぐる回せるから自分がどの当番かよくわかるでしょ!」
「あったまい~!」
小学生の時のやつなんだけどね……。
「うん。じゃあ早速当番の役割をこなしておくれ」
モカちゃんはその表を示して私に言う。
「なんかあった?」
「うん、ご飯を作ってよ」
「えっと……私今日ここに来たばっかりで……」
見たところキッチンらしきものはあるけれど使い方が全くわからない……。私がいた世界とは少し勝手が違うらしくガスコンロも無いし蛇口も無い。代わりに鍋を置いた網みたいなのとタンクのつながった変な装置はあるけど……。
「じゃあ今日は一緒にやろう!」
「ありがとう!」
「はいじゃあまずは炎の魔法で火をつけま~す」
「待って」
早速きた。
「ん?」
「待って待って……私まだ魔法使えないの」
頭を抑えながら私は伝える。
「あらま」
「もしかして料理ってだいたい魔法使うの?」
「びっくりだね!逆に他に方法があるの?」
口に手をあてて目を丸くする。まぁ確かにエネルギー的に言えばこの世界では当たり前だから……電気みたいなもんだもんね。
「あー……うん。まぁいいや」
「でもまあ魔法は学校で習えるよ。一緒に覚えてこ」
「ありがとう!」
幸いにも深堀されることはなくモカちゃんは逆にフォローしてくれた。
「じゃあしばらくはほぼモカの当番かぁ」
「ごめんね?」
「大丈夫!リリィには夜頑張ってもらうから!」
「夜?」
「この当番表のここ」
モカちゃんは当番表の私の部分を指さす。
「おとぎ……ばなし……!?」
読み上げられる言葉をひたすら書いていったので自分で書いておきながら見落としていた。……てかほんとにこんなの書いた!?
「うん……読んで?」
甘えたようにこちらを見つめておねだりしてくる。
「モカちゃんいくつ?」
「13歳……」
「意外と若いんだよね……」
「まだ読んでもらえるでしょ?」
「いやでも13歳は……アウトかなぁ」
「じゃあお料理もお風呂も1人でなんとかしてくださ~い!」
私の否定を受けてモカちゃんは拗ねるように他の家事を質に取ってきた。どうやら拒否権は無さそうだ……。
「あー!わかったよ!」
「やった~!」
この学校に通う天使の年齢はかなりばらつきがある。それというのも私みたいに無茶苦茶な編入をする者が多いのがそれを物語っている。天使たちの通う学校の中でもこの第3天使アカデミーは複雑な事情を抱える天使が多い。学生寮に暮らす家のない子は尚更だ。
「うん、でも困ったらほんとなんでも手伝うからさ。よろしくね、モカちゃん」
「うん!」
そしてその夜、やっぱりおとぎばなしは読まされるようだ。
「んーとね、じゃあこれ読んで欲しいな」
モカちゃんは1冊の絵本を差し出してきた。
「えーっと……字は大丈夫か。星になった天使……。ちょっと悲しそうなお話ね」
「涙無しには読めないんだよ。リリィが読んだら泣けないかもしれないけど。くすくす」
そういってモカちゃんは口許を隠して挑発気味に笑う。
「ばかにしてくれるじゃない」
「でも楽しみにしてるんだから、読んでね」
「はいはい」
私はその本を受け取り声に出して絵本を読み始めた。
「星になった天使……。…………」
そうして十数分をかけて読み終えた。
「うっ……ぐす……ミゲル……」
「泣いてるじゃん」
モカちゃんはしっかり泣いてた。
「だってミゲル……かわいそう……」
「まぁ確かに悲しいお話ね」
天使のミゲルが街の人を助けたのに迫害されて報われないまま星になってしまうというストーリーだ。こどもだましではあるが……これで泣くモカちゃんはその心の純粋さを証明したかのようだ。
「ね、リリィ。一緒に寝よ?」
私の袖をそっと引きながらモカちゃんが誘ってくる。
「なんでよ」
「寂しくなっちゃった……」
いじらしくそう言う少女を見ると無性にたまらない気持ちになってくる……。
「……わかった。じゃあお風呂入っちゃいましょう」
「わーい!」
はぁ……かわいい。
交代でお風呂に入ってから2人でベッドに入る。
「じゃあ電気消すよ」
「はぁい」
部屋の灯りを消すと途端に眠気が襲ってきた。
「モカちゃん。明日から学校だから色々教えてね」
「うん!任せて!魔法ならちょっと自信あるんだ!」
「頼りになるね!」
「えへへ」
しばらくは会話が続いたが疲れもあり私は微睡んでいき意識が薄れていく……。
それから数分が経った。
「ねぇ……起きてる?」
「ん……うん……」
真っ暗な室内にモカちゃんの声が響く。
もう私は半分眠りについていて朧気な頭で声をかけられたことを理解するのでやっとだった。
「ねぇ……リリィねぇねって呼んでもいい?」
「ねぇね……?」
モカちゃんが私のことをそう呼びたいらしい……。
「うん……だめ……?」
「んー……いい……よ…。」
「やった!ありがとうリリィねぇね!それじゃあおやすみね!」
「おやすみ……」
嬉しそうな声を上げるモカちゃんと対照的にもう私は目を開けていられず何を言われたかもほとんどわかってはいなかった。
そして夜が明けた。
「おはよ、モカちゃん」
「おはよ、リリィねぇね!」
「ねぇねって……なに急に」
キュン死しちゃうじゃない。
「昨日の夜呼んでいいっていったでしょ?」
「え?言ったっけ?」
「言ったよぉ!だからもう取り消せませ~ん!リリィねぇねはもうモカのねぇねで~す!」
否定は許さない強引さだ。
「あー!異論はない!決まり!」
「やったー!じゃあ今日から学校頑張ろうね!」
「うん!」
学生寮でも友達ができたし、本当に学校が楽しみになってきた!ハートたちと過ごす毎日はどんなに楽しいんだろう!魔法や戦いの勉強は辛くても、きっと頑張って見せるぞ!