荘厳な乳白色の柱が立ち並ぶ校舎に、自然豊かな中庭。黄金色の鐘の鳴らす音はどこまでも透き通る。ここは第3天使アカデミー。天使たちが通う学校。
今まで何度も夢見た神話のような学校。そんな交わることのなかったはずの神聖な場所の前に、私は立っていた。
「すごい……本物だ……」
思わず言葉も出なくなった。何もかも信じられないことだらけで、自分がどうかしてしまったのではないかとも疑った。
しかしこれは紛れもない現実の出来事だった。……いや、現実……ではないのかな……?
「さぁ、早速学園長様に話をしに行きましょう」
着いて早々シンバが私を促す。
「わ……私も行くんだ……」
「やはり顔を合わせなければいけません」
「わかった……」
そして私はついにアカデミーの門をくぐった。
「あれ?見ない顔。誰?」
「もしかして新入生かな?」
「最近多いよね」
周りから天使たちの好奇の目線が突き刺さる。
「ほんとにみんな天使だ……しかもゲームでは描かれてないような顔までしっかりみんなにある……」
まあそれはそうだろう……。これで目が髪の毛に隠れて見えないような天使がそこら中にわんさかいたらまいってしまう。
「リリィ様。この扉の先です」
校舎の中へ入り廊下を進んだ先にある学園長室の前にやってきた。
「じゃあ、行こう」
私はノックをして名乗った。
「私はキューティ・リリィという名の天使です。入学の件についてお話させていただきたいです」
数秒後に声がかけられた。
「……入りなさい」
その重い扉を開けると、中には学園長が大きな机の向こうに座っていた。
「君が新しい天使かね」
厳格な老人はじっとこちらを見つめる。
「はい」
「キューティ・リリィ。……なるほど」
私の顔をちらりと見てそう言う。何がなるほどなのかしらー……?
「さて、それでは本題だな。君にはこれからこの第3天使アカデミーに入学してもらう。もちろんリリィとしてだ」
「ききました。天使として戦いに参加するんですよね?」
「ほう。戦いと聞いても逃げずにここまで来たのだな」
「はい」
「よほどの命知らずか……ただの阿呆か」
勝手に連れて来られたのこっちなのになんか感じ悪いね。
「……実は、私この世界のことを知っていたんです」
「何?」
その言葉を聞いた瞬間学園長の目つきが変わった。
「ここは私の世界にあった創作の物語の世界そのものなのです」
「それは興味深い。それでは私のことも知っているのかね?」
「ランドルフ・ハーベスト学園長、ですよね」
「……シンバ。名を教えたか?」
じろりとシンバの方を睨む。
「いいえ。道中でも確認しましたがリリィ様は本当にこの世界のことをよく知っておりました。そして、マスカット・ハート様に会いたいと言うのでこの第3天使アカデミーにお連れしました」
「ほう……ハートくんか。……わかった。リリィくん。君はハートくんと同じクラスに所属するように手配しよう」
「いいんですか!?」
「うむ。楽しく勉学に励んでくれ」
先程までの厳格そうな様子を一変させしわくちゃの口角を上げる。さっきまでのは体裁上のカッコつけだったのかな?
ハーベスト学園長、厳しそうだけどやっぱり優しいな!
「ありがとうございます!」
「それでは宿舎も用意してありますのでご案内致します」
「うむ。頼んだぞ」
「失礼します」
私たちは学園長室を出た。
「さぁ、学生寮に行きますぞ」
「お願い!」
シンバに導かれながら学生寮へと向かった。
学園内の校舎より少し離れた場所に建っているのが学生寮だ。この学園の生徒の一部が暮らしている。基本的には天使にはそれぞれ家があるのでこの学生寮に暮らしているのは家や家族を失った天使や私のように連れてこられた新入生らしい。
「どうです?お気に召しましたか?」
寮2階の一室に私を案内したシンバは気を遣うように感想をきく。
「意外と広い部屋だね。ていうか、ほんとにいいの?こんなに広い部屋で」
「ええ。しかしまぁ、ルームシェアというものなのですが」
「ルームシェア……ということは別の天使と一緒に暮らすんだ」
……ハートだったらいいな……。
「そうです。リリィ様ともう1人のお方とで暮らしていただきます。安心してください。男性とは同室になりませんから」
「それは徹底してほしいね」
幸いにもここは女子寮。そもそも男性はこの寮内には存在しない。……シンバは案内役で認可済みね。
「それでは今日は色々と準備をしていただいて、明日から学校に行ってもらいますので」
「うん。色々ありがとうシンバ」
「いえ。それでは」
シンバは深々と礼をして去っていった。
「んー、どうしようかな。とりあえずまだみんな授業中だろうし、夕方くらいまでは家具の配置をあれこれして時間を潰そうか」
早速私は自分のスペースに当たる部分の部屋の手入れに取り掛かった。
気がつくと空が茜色に染まっていた。放課後を告げるチャイムが鳴り響いてしばらく後、ざわざわと人の声が寮に集まってきた。
「あ、みんな帰ってきたんだ。挨拶、行った方がいいよね」
私は部屋を出た。
「あれ?誰?」
いきなり声をかけられてしまった。
「えっと……新入生のリリィです」
ついいつもの癖で顔も見ずに挨拶してしまう。
人の目を見て話すの苦手なんだよな……。
「へえーっ!みんなみんなー!見て見て!新しい天使の子だよ!」
「え、ほんと?」
「うわぁ~!ようこそぉ~!」
途端に囲まれてしまった。でも顔を上げて見ると……この子たち……!
「スウィーティ・クローバーにキーウィ・ダイヤモンド……メロン・スパーダまで!」
「なになに?もしかして私たち有名人?」
「……にしてはこの子、知りすぎじゃない?」
「スパイ……ってわけ?」
「あー!違う!違う違う!あなたたちが大好きだったの!」
飛びつきたいばかりの気持ちを抑えてひとまずは怪しまれないように好意を伝える。
「わ~ファンってやつ?」
「ファンができるようなことしたかしら……?」
「まぁみんなのために頑張ってるし有り得るかもね!」
「スパーダがそういうなら……」
ああ…なんということだ……まさか……まさかグリぐりの『主役』たちのかけあいを見られるなんて……!
そう、この子たちは第3天使アカデミー編のメインキャラクターたちだ。4人組で行動しており事件や困難を乗り越えて成長していく。
ということは……いるはずなんだ!あの子が!
「ね……ねぇ!マスカット・ハートは!?あの子はどこにいるの!?」
「ハート?あぁ、もうすぐくるよ」
スパーダがちらりと後ろの方を見る。
「ハートが……くる……!」
「もしかして1番ファンみたいな?」
「う……うん……。そうなの」
「いいなぁ!ハート!新入生にいきなりモテモテじゃん!」
「あ、じゃあちょっとみんなこっちきて?」
スパーダがみんなを廊下の曲がり角に連れていった。
しばらくして足音が近づいてきた。
「あれー?みんな、どこ行ったんですか?」
ハートの声!原作と同じ!声優どうなってんの!?
……などと私が声だけで恍惚としているとスパーダが曲がり角からハートに向かって飛びついた。
「ハートぉ!!」
「きゃああああ!」
「あはははは!引っかかった!」
飛びついてきたスパーダに驚き叫び声を上げたハート。転ばんとばかりに体重をかけてきたスパーダを抱き抱えてふくれ顔になった。
「むぅ、みんな何してるんですかぁ……ん?そちらの方……見慣れない方ですね」
「あ……あ……ああ……あの……」
や、やばい……緊張して声が出ない……!
「新しく寮に入る天使の子。ハートのファンなんだってさ」
「り……リリィです。キューティ・リリィ……。よろしくお願いします……」
今の私、めちゃくちゃ挙動不審だ……!
「あ、あ……かしこまらないでください!マスカット・ハートと申します」
そんな私にも気を配ってくれるハートやさしい!
「ファンなんだから名乗らなくても知ってるでしょ」
「まぁいいじゃない。ところでハート以外だと私たちの誰が良い?」
「あ、そういう質問ずるいよぉ~!」
「えっと……」
クローバーはカワイイしダイヤはカッコイイしスパーダは頼りになるしあ〜〜もう選べないよ〜〜!!
「あんまり困らせちゃダメですよ!さ、リリィさん。あまり気になさらず」
「……困ったことがあったら、なんでも言うのよ」
「ありがとうございます!ダイヤさん!ハートさん!」
「さんづけはやめましょ。ダイヤでいいわ」
「私もハートでいいですよ!リリィさん!」
「あんたはさん付けしたままよ?」
「あ……ごめんなさい」
天然なハートもかわいい!!!
「いえいえ!いいんですよ!それもハートらしいっていうか……」
「敬語もやめてくださいぃ!」
「だからあんた……」
「あははは!ほんとにハートなんだぁ……」
あのハートが目の前にいて、話している……それだけで私がこの世界に来た意味になる……!
「あれ?リリィ泣いてるの!?」
感極まって私は涙を流していたようだ。それもそのはずだ……こんな……目の前で嘘みたいな光景が繰り広げられているのだから……。
「えっ!私なんかしちゃいましたか!?ご、ごめんなさい……」
ハートが慌てた様子で謝ってくる。
「ううん……そうじゃない……そうじゃないんだけど……」
「ふふ~ん。リリィは嬉し泣きしてるんだね」
「あら、ほんとにハートが好きなのね」
「うん……私をずっと元気づけてくれたの……」
「そう言って貰えると……私も……うれじいですぅ~!」
そう言いながらハートまで泣き出し私に抱きついてきてくれた!
「あ!ハートまで泣いた!」
「あははは!楽しい~!」
初めての会話はかなり混沌としてしまったけれど……ハートはやっぱり優しい心を持った天使だった!