〈学武祭〉当日。
漆黒の軍服にピンクブロンドの髪を靡かせ、揃いの軍服を身に纏った近衛を引き連れて颯爽と会場へ向かう美少女剣姫。
「そう、私こそは超級美少女剣姫、エステル!」
「いや、なんですのいきなり……というか、なんで底辺主人であるあなたまで軍服を着る必要が? わたくしとスクイド様が揃いであることに意味がありますのよ?」
驚くほどナチュラルに腕を絡め取ってくるルナから微妙に距離を取りながらスクイドはエステルに視線を向ける。
「だ、だって可愛いんだもん! 私だってお揃いがいいのっ!」
駄々をこねるエステル。
スクイドとルナよりも僅かに装飾が豪華な軍服はスクイドの着用している物よりも女性らしいラインがくっきりとしたスレンダーなデザインだった。
「……」
「ひっ……背中に悪寒。て、スクイド? どうしました? なんか目が怖い」
普段の制服姿とも、王女とかけ離れた家着とも違う姿、なによりここまで体のラインが際立つ衣服を着用している姿をスクイドが目にするのは初めてのことで、
「ふむ……触手で軍服の王——グフっ」
スパンッ、と良い音を立ててエステルの拳がスクイドに突き刺さった。
ルナがここぞとばかりにスクイドを介抱しつつ、そんないつものやり取りを繰り広げている三人の前方、会場側からこちらへ悠然と向かってくる軍団。
深い緑色の軍服を纏った集団を引き連れて先頭を歩くのは格式高そうな正装に身を包んだブロンド碧眼の美男子。
ただ、嫌味な笑みとソバカスが実に良い感じで小物感を演出している。
「おいおいお〜いっ、そこにいるのは王家の出涸らし! 末妹のエステルじゃないか?」
「……ち。これは、これは第
「五を強調するなといつも言っているだろう! 出涸らしが」
隠すこともなく舌打ちで出迎えたエステルは嫌味な笑みを貼り付けたソバカス王子を睨み据えながら優雅にカーテシーをして見せた。
「にしても……生意気だ。帰省時に兄上達と父上の御前で〈王戦〉に単独で参戦表明したと聞いた時には腹が捩れるほど笑ったが、レディ・リューシエル嬢をまさか本当に近衛へと召し抱えたと? わかっているのか? これは看過できない事態だ。おまえは理解しているのか? 単に寿命を縮めているだけだと」
スッと視線を細めてエステルを睨み据えるソバカス王子。だがエステルは毅然として応えた。
「はい、全くもってお兄様のお言葉通りです。
誰がなんと言おうとルナは私の近衛軍ですし、第二王子派閥で擦り切れるまで手揉み遊ばれているアルフレッドお兄様にも、正面から喧嘩を吹っ掛ける所存ですわ——F〇〇k」
主に指先と顔面が倫理コードに引っかかりそうな王女エステル。
ソバカス王子はそんな彼女の言葉にプルプルと全身を振るわせ、
「出涸らしにしては良い度胸じゃないか……いいだろう。格好を見る限り、〈団体戦〉には参加するよな?
ああ、聞くまでもないか。たった二人の近衛軍では自分を頭数に入れるしかない。つまり、お前は今日、俺の優秀な近衛達によって大衆の面前で大恥をかく事になるっ! どんなに笑えるだろうなぁ? 仮にも王家の人間がたかだか軍の兵士に打ちのめされるのは」
屈強な体格をした軍服の男達がソバカス王子の言葉に応じて高笑いをあげ、そのまま侮蔑の視線を送りながらエステルの脇を通り過ぎていく。その去り際、
「お前らは初戦で俺の近衛が潰す。圧倒的に理不尽な状況を、精々楽しめ」
捨て台詞を残してその場を去っていった。
「……」
ジッと遠ざかっていく背中をスクイドは見つめ、ふと、視線を落とせば深緑の軍服を纏った
***
『〈学武際〉、武技魔法技部門、総合戦、団体部門の発表を開始いたします。
本発表は試合形式とし、設置されたフィールド内にて最低三人から最高五人までの団体同士で魔法及び武技を用いた戦闘を行い、勝敗だけでなく技の熟練度、チームワークなどを評価し最終的に多くの評価点を取得したチームの勝利となります。
尚、試合中のダメージは魔道具が肩代わり致します。
致死級のダメージを受けた場合その時点で当該選手は離脱。
試合単体での勝敗は、チーム全員の離脱、もしくはリーダーによる降伏で決定いたします』
試合が執り行われるフィールドを多くの観客が囲み、開始前の説明アナウンスが流れる中、エステルとルナ、スクイドは割り当てられた控室で試合に向けた最終調整を行なっていた。
「ふん、あのソバカス顔! 本当に初戦で私たちを潰すつもりみたいですね。わざわざ運営に圧力をかけて試合の順番を入れ替えるなんてっ!」
急遽差し替えられた真新しい試合表を手にギリギリと歯を鳴らすエステル、ルナが呆れたように嘆息して応える。
「あなたが相手のペースにのってあからさまに挑発したのが原因ですわ? ただでさえ人数的に不利な状況、本来であれば初戦はなるべく同数のチーム同士で試合が行われるよう調整してありますのに……相手は必ず五人揃えてきますわよ? どう対処するつもりですの?」
「私が二人倒す、スクイドが二人倒して、ルナが一人倒す——っあいた」
突然アホの子になる王女に向かって、容赦無くその脳天に手刀が振り下ろされる。
「幼児と話している時間はありませんっ!
はぁ。まずは、わたくしが【固有能力】を使用して敵を分断、妨害致します。
スクイド様は
一先ずはこのような感じでしょう。スクイド様は全体攻撃以降遊撃、わたくしは補助に専念致しますわ」
何度か模擬戦をして互いの力量をある程度確かめ合っていたこともあり、ルナが的確に配置と役割を割り振っていく。
その様子にエステルとスクイドが『パチパチパチ』と無言の賞賛を送ると、ルナはちょっとだけ顔を赤くして、
「ほ、本来は指揮官でもある底辺主人の役割でしてよっ! とにかくわたくしも無様を晒すつもりはありません。たかが三人だと侮っている方々の鼻を明かしてさしあげます」
鼻息荒く自前の武器である【魔杖】を携えたルナにエステルは満足げに頷き、
「ふふ、良い感じに昂ってきましたね! 私たち三人の晴れ舞台、アルフレッド兄様には盛大に引き立て役を担っていただきましょう!!」
程よくピリついた、どことなく良い雰囲気にスッと手を挙げたスクイド。
「……ふむ。三人で切り抜ける前提のところ申し訳ないが。自分たちは
スクイドの言葉に疑問符を浮かべる二人は、本当に意味がわからないといった様子で、
「どういうことですの? スクイド様」
「この間のアイリスちゃんのことを言っているなら、あの子最近不登校みたいで全然会ってないし。流石にこんなガチバトルにあの子は参加させられないというか」
困惑する二人をジッと見据え、スクイドはおもむろに口を開く。
「敵の戦力を見る限り……恐らく今回、自分たちの出る幕はない」
「え?」
「はい?」
混乱を極める二人の思考を置き去りに、呼び出しのアナウンスに従ってスクイドは会場へと足を進めるのであった。