〈学武祭〉まで残すところ数日。
「諜報部隊的な、なんかそういう暗部的な近衛軍の兵が欲しいですね」
いつもの学食。
対面に座るエステルはスクイドと隣にベッタリと侍っているルナに向けて唐突に話題を切り出した。
「スクイド様ぁ〜? バカな主人は放っておいてデザートは如何です? も、もちろんわたくしをデザートに所望されるのならいつでも受け入れますが……」
ちょっと何をいっているのか本当にわからないスクイドはルナをスルーしてなぜかドヤ顔で鼻息を荒げているエステルを真っ直ぐ見据えた。
「ふむ、……具体的には?」
スクイドの問いにフフンと鼻を鳴らし片目を瞑って得意げにエステルは応える。
「今や時代は情報戦よ。この〈学園〉には当然我が国の王戦ライバルである私の兄姉も通っている……具体的には第三より下の兄姉だけどね。
各国の有力者の子供が集まる〈学園〉でより多くのコネクションを作ることは王戦での評価に大きな影響を与えることはもう話したと思うけれど……ここからが大事。
今この瞬間にも様々な陰謀や策謀を巡らせている陰険な兄姉等の先を行くには、優秀な諜報活動、つまり生きた情報を入手できる人材が必要不可欠なの」
真理を説くが如く語るエステルに冷め切った視線を向けるルナ。
「何を当たり前の事を意味ありげに言っていますの? そもそも諜報員どころか近衛軍としてもまだ二人ですのに……わたくしとしては今のままで一向に構いませんけど?」
「ふ、ふ、ふ……あなたがそう提言するのは見越していましてよルナ・リューシエル」
「い、いきなりフルネームで呼ばないでくださる?」
意味深な笑みを湛えたエステルは、なぜかフルネーム呼びでドギマギしているルナとスクイドを交互に見たあと、勢いよく膝上に
「じゃん! ということでご紹介っ! 今この瞬間から栄えあるエステル近衛軍に入隊が決定した〈諜報特殊戦術部隊〉配属予定のアイリスちゃんですっ‼︎ はい、拍手〜」
パチパチと一人拍手を行うエステルの膝上でカタカタと震えている黒い毛玉、よく見れば毛玉ではなく黒髪に黒い猫耳を生やした非常に小柄な少女だった。
「なんですの、この可愛い生き物は……というか何処から拉致してきたのですか? 王族とはいえ罪は罪です。潔く保安局に自首なさってください」
「失礼なっ! アイリスちゃんは私たちと同級生ですよ?」
「はぅ〜、はぅう〜」
「嘘おっしゃい。こんなに小さい子が同級生なわけがないでしょう? 怯えているじゃありませんか、可哀想に」
エステルとルナの問答に挟まれた小さな黒い〈獣人〉少女は終始「はぅ、はぅ」と涙目でガタガタ震えている。
「本当に同級生だから! むしろルナの言葉の方がナチュラルにアイリスちゃんの心を抉っているから!」
「え? ほ、本当に、同級生ですの?」
「は、はぅ……はう」
怯える少女は幼児のように大きく首を縦に振った。
「えぇ……どう見ても小等部の生徒にしか」
「はぅ……はぅぅ」
ルナの言葉にズンっと暗い影を落として落ち込む黒い猫耳少女。
「あ、いえ、そんなつもりで言ったのではないんですのよ!? ちょっと底辺主人! なんとかしてくださいっ! 百歩譲って彼女が同級生だったとして、こんなにか弱そうな子に諜報なんて務まるわけがないでしょうっ!?」
再びズーンと影を落として沈んでいく少女、否、本当に少女の体は半分影に沈んで、
「心配無用! アイリスちゃんはなんと【固有能力】で影を操作できるのですっ! この力を使えば、どんな場所でも諜報活動しほうだいっ! どう? いいでしょ、スクイド?」
意外と真っ当な理由に「ぐぬぬ」と唸るルナをスルーしてスクイドに意見を求めるエステル。
スクイドはジッと小さな黒猫獣人少女アイリス見つめる。
途端尋常じゃないほどガタガタ震え始めた少女を尚も見つめ続け、おもむろにスクイドは口を開く。
「ふむ……猫耳でもロリはダメだ。触手とロリは素体の倫理規定に引っかかる。
なにより、小さすぎて——ゴフっ」
エステルの滑空蹴りがスクイドの顔面にめり込んだ。
小さな少女はいつの間にかエステルの腕の中で失神していた。