午前のカリキュラムを終えたスクイドとエステル、ルナの三人は全学年の生徒が利用する学生食堂へと昼食を取りにやってきていた。
「はぁ〜、底辺主人のためとは言え、わたくしが『学食』で食事をとるなんて……ん、意外と美味しいですわ」
「ふん、王女たるもの民草と同じものを食し、低価格かつボリューミーな食文化の価値観を養うのも立派な公務なのです〜っんん! うまっ」
二人は口で喧嘩しつつも同じメニューを同じタイミングで口にして美味しそうに表情を緩めている。
ルナとエステルの言葉通り『学生食堂』で食事を取る学生の大半は低階級層であり、本来、王族や貴族などは予約制の『サロン』で専属シェフの作った食事を取るか、この時間のためだけに最もグレードの高い学生寮を一室借りている者もいる。
スクイドは人種独特の身分や階級による食文化の違いに興味を抱きながら注文した『ふわトロ卵のクリーミーオムハヤシ』を口に運ぶ。
「……美味だ」
ちなみに三人とも同じメニューを注文しており、スクイドとしては大満足の一品であった。
「スクイド様、先ほどの続きなのですが。〈学武際〉は文字通り学術部門と武技、魔法技部門の研鑽成果を競い合う祭事です。バカな底辺主人が調子に乗って両部門にエントリーしているおかげでわたくしたちも必然的にどちらの部門でもそれなりの成績を残さなければなりませんの」
キッと一瞬睨みを効かせるルナの視線。エステルはスプーンを加えたアホヅラで躱す。
「武技・魔法技部門は、武技演舞、魔法演舞といって技の冴えや美しさを評価する種目と武闘技、魔法闘技で生徒同士が実際に手合わせをする種目がありますわ。エステルは恐らく」
「もち、武闘技と魔法闘技っしょ!」
ナイスな笑顔でサムズアップしたエステルを舌打ちで締め出すルナ。
「ですのでわたくしたちも同じ種目になります。ダメな底辺主人でも近衛軍となったからには同じ種目限定という縛りがでますの……忌々しい。
ですがこちらに関してはスクイド様の力量でしたらまず問題ありません。わたくしが懸念しておりますのは学術部門ですわ」
「ふむ、学術部門とは学問の成果を競うという認識であっているだろうか?」
スクイドは素体の記憶から『中間、期末テスト』という単語を掬い上げる。
感情的記憶がその単語に限りなく嫌悪を覚えている事を読み取るがスクイドとしては実に人種らしく、また知識を蓄えることの喜びを実感できる取り組みだと内心歓喜すらしていた。
「流石スクイド様です。
競う種目ですが、学術部門は学園出題の筆記試験が全生徒共通の種目になりますの。そこに選択制で魔法論文、魔道工学論文、魔道具作成、魔素と魔力に関する論文、固有能力論文、この中から一つ選ばなければなりません」
「ふっ、私は書き上げましたよ!! 固有能力に関する画期的な論文を!!」
ルナは間髪入れず「少し黙ってろ」と低い声で唸り、エステルは静かに涙を流し始めた。
「正直に申し上げますと、スクイド様は学園に来たばかり……筆記試験の必修科目を抑えるだけでも相当な労力がかかります。できることなら二人きりで勉強のお手伝いをして差し上げたいのです、が……。
本当に、本当にッ!! 無念っ! 自分の凡夫な才が恨めしいっ!!
わたくしでは、頑張って筆記試験の科目を勉強しているスクイド様の代わりにわたくしの論文と並行してスクイド様の論文作成を行うくらいしかお役に立てませんのっ」
「いや十分すげーよ、バカかよ、秀才ぶりがキモいよおまえ——ゴフっ」
ボソリと突っ込んだエステルの顔面にルナの右ストレートが食い込んだ。
「ふむ……エステルの言うとおり十分だ。
確かに後ひと月しか〈学武祭〉までの期間がないと聞かされれば、取得した知識を実践レベルまで常用化させるには短すぎるだろう。『論文』の概念が認識できていない自分にとってはこれ以上ない提案。感謝する、ルナ」
「はぁいいぃいいっ!? スクイド様がわたくしを名前でっ、召される、召されてしまうっ!?」
ルナの絶叫が周囲の注目を集めた所で、エステルが復帰してスクイドに真顔を向ける。
「スクイド、今のうちに断っておきます。私は、正直自分の勉強だけで許容量限界です。
すなわち、いかにパーフェクト美少女剣姫といえど、スクイドの勉強に手を回す余裕はありません。
イザベラも多少なら教えられると思うのですが……」
スクイドは素体の記憶から読み取った情報でこの王女には『残念』という言葉が非常に似合うな、としみじみ感じていた。同時に改めて強く思う。
「やはり、触手プレイの筆おろしはエステルという素材でなければ……」
「え? なに? 今背筋がゾワってしたんだけど?」
静かに秘めたる思いを噛み締め、スクイドは応えた。
「……勉強のことならばアテはある」
疑問符を浮かべるエステルを余所にスクイドはある人物を思い浮かべ一人頷くのであった。