目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第19話:烏賊と学園ものの定番

「え〜、ジャネット先生は体調不良のため本日は急遽お休みになりました。代わりに今日は一日、私が皆さんの担当を務めます」


 ジャネットの代わりに教壇へと立った初老の男性により、事務的かつ淡々と事態の収集は図られた。


 つつがなく挨拶を終えたスクイドは半強制的にルナの横に座らされ、待ったをかけたエステルが主人特権を行使。


 結果ルナも近衛軍の一員といことでエステルの横にスクイド、その隣にルナが座る事で落ち着いた。


「で、なにか主人である私に釈明はあるかしら、スクイドくん?」


「ふむ、釈明とは悪事を行った際にその行いを正当化するために行う異議申し立て、という意味合いだろうか? だとすれば思い当たる節がない」


 腕に絡みついて鼻息荒くすり寄るルナの顔を片手で押し返しながらスクイドは至って真面目に返答した。


「いやいや、ジャネット先生の反応が明らかに異常だったわよ。さあ、白状しなさい。なにをしたの?」


 スクイドは「なるほど」とエステルが言わんとすることを理解。懐からある物体を取り出し、


「この悶絶吸盤イカゲソローターVer.2ハイパーを——」


 刹那の絶技。


 繰り出されたエステルの手刀が魔力を帯びて『その物体』を細切れにするまでの時間、僅か○コンマ2秒。朝よりも確実に進化していた。


 スクイドは思う。


 出会ったばかりのエステルではまだここまでの技量はなかっただろう、と。


 元々エステルのポテンシャルは高かった。


 それが初めて魔獣相手に命のやり取りを経験し、魔力の許容量も跳ね上がり、彼女のを封じていた『楔』も解かれた。


 スクイドの『黒水』もエステルの体に馴染んでいる。


 面白い、とスクイドは感じていた。


 スクイドは純粋にエステルの、総じて人種の『成長』という、永き時を生きる混沌の大魔獣にとって刹那の輝きは一際眩しく感じられた。


「もういいです、聞いた私がバカでした。だいたい、なんなのですかアレは……卑猥な物体というのはなんとなく本能が告げているのですが、何がどう卑猥なのか……と、とにかく。今後あのような『卑猥兼謎の物体』を私の関係者に使用することは禁止です」


 恥じらう乙女のような表情でスクイドに苦言を呈するエステル。


「……了承した」


 渋々ではあったが、スクイドは一先ず頷いた。


 スクイドとしてはとりあえず、やりたい事全部やった感はあるので満足だった。


「さっきからわたくしを蚊帳の外で何を話していますの?」


「あなたは知らない方が幸せな事よ……」


 なぜだか妙に重みのあるエステルの言葉に一瞬たじろぐルナ、気を取り直すように真剣な表情へと切り替える。


「意味がわかりませんわ。それより、恒例の〈学武祭〉が控えていますわよ? そろそろ対策を練らなくてよろしいんですの?」


 凛とした表情の美しい切れ長の双眸がエステルを見据える。


 ルナの体はスクイドの腕を未だにガッチリとホールドしたままだ。


「え? 対策? なんの?」


 対するエステルは完全に『アホの子』という表情だった。


「はぁ。……だからあなたは底辺王女なんて呼ばれるんですのよ?

 『王戦』で戦うのでしょう?あなたの近衛軍にわたくしが入ったということは、〈学園〉の最高権力者であるお父様がフュングラム王国に肩入れする事と同義。

〈評議会〉の中にもそれを良しとしない国々は当然あります。ですが問題は、あなたの身内の方が多いのではなくて?」


 ルナの真面目な意見に面くらったようなエステルは居住まいを正しコクコクと首を振って肯定した。


「なんですかその壊れた首振り人形のような動きは。

 とにかく、此度の〈学武祭〉あなたがどう立ち回るのか、目を光らせている人物はあなたが想像しているよりも多い、ということですわ。中には分かりやすく妨害工作を企て、あなたの醜態を晒させようとするもいらっしゃるのでは?」


 至極真っ当なルナの言葉に「うぐっ」とわかりやすくうめき声をあげるエステル。


 そこで、はっと何か考えに至ったようにルナに潤んだ視線を向け、


「……ルナ、本当に私のことを考えて」


「勘違いをしないでくださいまし、わたくしは徹頭徹尾『スクイド様と如何に素敵な職場恋愛を楽しむか』以外考えておりません。そこに無粋な横槍は必要ありませんの。


 軍服を纏った二人の間に目覚める恋っ!! そして目眩く情事の日々……あぁっ、想像しただけで、くぅううっ!!


 あなたが王位についた暁にはスクイド様に木々生い茂る豊かな領地を与えることを条件に追加しますわ! そこでわたくしはスクイド様と……でゅふ、でゅふふ」


 サーっとエステルの表情から熱が引いていくのを真横で眺めながらスクイドは浮かんだ疑問を口にした。


「……〈学武祭〉とはなんのことだろうか」


 素体の記憶にある〈学園祭〉と同じ類のものであるとしたら、そう考えると不思議とスクイドの内側に高揚感が湧き上がってくる。


「ああ、そうね。この〈学園〉には半期に近い休暇があるのを知っているわよね?」


 自然と説明を買って出てくれたエステルに頷き返す。と、そこへすかさずルナが、


「スクイド様! そこから先はわたくしがっ!」


 勢いよく割って入り、ずいっと至近距離に寄ってきた美貌を片手でぐっと押し返す。


「顔面を鷲掴みにされるのがこれ程心地いだなんて……おほっ。

 コホンっ、先ほど底辺主人が仰ったとおり、わたくしたち〈学園〉の生徒には半期の長期休暇が与えられます。しかし、ここは世界の中心といっても過言ではない最高かつ最難関の学舎。

 文字通り『休暇』としてただ過ごすような生徒は一年目でこの場所を去ることになりますわ」


 スクイドは真面目に語り始めたルナの言葉に興味を惹かれ、ジッと瞳を見つめ返す。


「いやんっスクイド様、そんなにお見つめになられたら、わたくし昇天してしまいますっ!」


 自らを抱擁しクネクネと悶え始めたルナが会話できなくなったのでスクイドはエステルに向き直った。


「はぁ。あのルナがこんなポンコツになるなんて……コホンっ、つまり『休暇』は建前、言い換えればただ授業がないというだけで、学園は常に稼働しているし施設も自由に使用できるの。


 簡単に言うと、休暇は『自己研鑽』期間。


 魔法研究、実技、学術研究、魔道具作成……なんにしても生徒が自主的に課題へと取り組み研鑽する期間なのよ」


 最近スクイドの前で王女っぽさを全く取り繕わなくなったエステルが軽い調子で応え、


「そしてっ! 半期で磨き上げた研鑽の結果を発表する機会が〈学武祭〉!! なのですっ!」


 スクイドの視線から何を感じ取ったのかルナが微妙にテンションを上げて宣言した。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?