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第17話:烏賊と美人教師

〈学園〉の内部構造は、スクイドが思い描いていた〈高校〉の機能的かつ簡素な作りとは逆の意味で程遠く、素体記憶で考えるならばどこか外国にありそうな美術館、と感じるほどに優雅な作りをしていた。


 廊下に敷き詰められた品の良い絨毯。


 各学年が集まるフロアには同時にお茶会という貴族女性のマウントを取り合うための『修羅場』を生み出す専用ブースが設けられており、通路の至る所には絵画や謎のアートが点在している。


「そして、ここがわたくしとスクイド様の愛を育み青春のバラードを奏でるための教室ですわ」


 ガラッと開け放たれた室内には無数の生徒が段階式に高くなっているデスクに並び何事かという視線をいいせいに向けている。


 教壇には唖然とした表情をこちらに向けて硬直している丸メガネの冴えない雰囲気を纏った人種の女。


「あ、あ、あああの、じゅ、授業始まっているので。ルナさんとエステルさん、ち、ちこ、遅刻は……」


「ジャネット先生! 今期のボーナス割増で、と父に掛け合っておきますわ」


「うひぃっ!? ありがとうございます、ありがとうございます……この件はせ、先生の方でもみ消しておきます」


 堂々と立場を利用して教師を懐柔するルナの姿に周囲の生徒全員が顔を盛大に引き攣らせる。


「でた、腹黒七光。堂々と教師に賄賂を握らせるなんて……コホン! ルナ、これからは貴女も近衛軍に所属するのだから、学園での行動も近衛軍としての誇りを持って——」


「ジャネット先生、エステルは遅刻のままでいいですわ。評価点もガッツリとマイナスで」

「今回は!見逃しましょう! いえ、むしろルナ様に便乗させてください!! オナシャァーッス!?」


 王女の片鱗も感じさせないエステルの最敬礼。スクイドは騒つく生徒達に視線を向ける。


「えぇ、あのルナさんがエステルの近衛!?」

「犬猿の仲じゃなかったのかよ」

「エステル、マジで王戦出る気? 無理っしょ〜」


「それより、あの軍服イケメン誰? きゃ、こっち見た」


「さわやか黒髪軍服。うん、推せる」

「は? ウチが先に推したし」

「は?」

「あ?」


 ザワザワと広がっていく談話。


 スクイドはその光景に素体の記憶感情から『懐かしさ』という思いが引き出されるのを感じた。

 自分の内側にじんわりと広がっていく高揚と寂寥。


「ふむ。これが、素体の思い描いていた風景なのだろうか? もしくは素体が『帰りたい』と願った場所の一部、その光景との一致……」


 騒がしさが増していく教室内にジャネットと呼ばれた教員がオロオロと声を上げる。


「み、みなさん。みなさんっ! お静かに、お、お静かにぃ。ルナさんとエステルさんも一先ず席についてください。え、え〜っと、学園長から話があった編入生は君ですか?」


 大人しく席へと着いたエステルとルナへ奇異の目が向けられる中。


 一人ジャネット先生と呼ばれている人種の女教諭の隣に残ったスクイドの視線は、丸いメガネの奥に揺れる黒紫の瞳に固定される。


「自分が編入予定のスクイド・ホオズキで間違いはない。

 ……『美人魔族のジャネット先生』はなんと呼称するのが正解だろうか? 先生もしくはジャネット先生か?」


 スクイドの発言はエステルとルナの話題で持ちきりの生徒達には届いていない様子で、


「……ふむ、見事な【遮断魔法】だ。自分が『美人魔族のジャネット先生』と発言した瞬間に展開したと言うことは、自分は何かまずいことを口走ったのだろうか?」


 スクイドの声が届いていないように見えた生徒達には、事実ジャネットの展開した【遮断魔法】により物理的に聞こえていなかった。


「今、なんて言ったの? スクイド君」


 先ほどまでのオドオドした様子とは打って変わりメガネの奥にある黒紫の瞳を鋭く細めてジャネットは問い返した。


「ふむ、またこのパターンか。まだ人種との接触経験が浅いせいか、初対面での対応は中々に難しい。

『なんて言ったの?』とはどの部分だろうか。今までのパターンだと『美人』の部分だが、『美人魔族のジャネット先生』は素体記憶で『美人』に分類されるのだがそうではないのだろうか?」


 スクイドの言葉にフッと微笑を湛え、ジャネットは応えた。


「いいえ? 先生は美人。それは知っているわ? あたしが聞きたいのはその後」


「……美人の後、『魔族』か。ジャネット先生は人種の中で言う『魔族』ではないのか?」


「人、種? ふふ、面白い表現ね? そう、確かにあたしは『人種』の『魔族』。ええ、その認識であっている。問題はそこじゃないの。なぜ、わかったのかしら?」


 ジャネットの内包する『人族』とは桁違いの魔力が内側から溢れ、怪しく光を纏った黒紫の瞳が殺気を纏いスクイドを射抜く。


「なぜ? とは? 内包する魔力と質を見れば一目瞭然だが……魔法で【認識阻害】をかけている頭部のツノを見れば誰でも分かるのではないだろうか」


 スクイドに限っては【固有能力:鑑定】を使用すれば種族なども情報として認識できるのだがスクイド目には『魔族』としての特徴がはっきりとていた。


「普通ないから【認識阻害】なのよ。まあいいわ。【固有能力】か何だか知らないけれど、先生の秘密を知ったイケナイ生徒にはこの〈学園〉からご退場願わなきゃね?」


「ふむ。敵意を向けられたと言うことは、何をしても問題はないと考えていいだろうか」


「ふふふ、面白い坊やね。人族の子供風情が、高位の魔族相手に何ができると? ああ、周りの目があるから大丈夫……なんて考えは捨てることね? あたしの【認識阻害】は【遮断魔法】と組み合わせる事で完全に君とあたしの存在を周囲から認識の外へと消し去る。


 まあ、いきなりあたし達が消えたら騒ぎにはなるでしょうけど? そこは適当に誤魔化すしかないわね。 

 ——さあ、あたしの鬱憤を晴らす玩具になりなさい」


 オドオドした自信のない教師から突如蠱惑的な表情へと変貌したジャネットがスクイドを獲物と見定め、


「え……な、なにここ? 教室にいたはずじゃ」


 気がつけば辺り一面常闇に覆われた深海のような空間。

 いつの間にか見たこともない異様な場所に立っている事に気がついたジャネットが唖然と言葉を溢す。


 今ジャネットが立っている場所はスクイドが過去【固有能力:悪食】によって他者から奪った数ある力のうちの一つ【固有能力:空間創造】によって生み出された別次元の空間。


 この空間においては通常時間の一秒が一時間程に引き延ばされている異空間であり、一度この空間に囚われたが最後、スクイドを消滅させない限り脱出することは困難といえる。


「ふむ……では始めるとしよう」


 ふっと目の前に姿を見せたスクイドにジャネットは声にならない声を漏らす。


「なんて魔力量……あなた一体」


「エステルの担当教諭を捕食はしないが。敵意を向けられた分の権利は行使させてもらう。

 満たしてくれ。自分の知識欲を……実験の時間だ」


 不可視の触手がジャネットの四肢を拘束しスクイドの目の前で固定する。


「な、なにを!? ——ぇ、上手、ぁっ————」


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