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第16話:烏賊、軍服で登校する

 そうして迎えた初登校日。


 素体の記憶から〈高校〉という学舎に一入の興味をいだいていたスクイドにとって図らずも訪れた〈学園〉への編入は歓迎すべきイベントであった。


 威風堂々とした佇まいで多くの生徒達を受け入れる灰石色をした壮大な校舎。


 揃いの制服に身を包んだ多種多様な人種の若者たちが新しい学期の始まりに様々な感情をその足に乗せて歩みを進めている。


「ついに、ついに! 私にとって戦場といっても過言ではない〈学園〉での生活が再びはじまりました! しかぁしっ! 今や私はただの超絶美少女剣姫にあらずっ!最強の近衛軍を従えたニュータイプッ!!

 待っていなさいクソ兄姉どもっ! ふふ、ふふふ」


 ドン、ババーン、ズドーン。


 と効果音の描かれたテロップを【異空間】に仕舞いながらスクイドは盛大にポージングを決めたまま王女がしてはいけない類の笑みを浮かべているエステルの横に並ぶ。


「……エステル、自分は『軍服』ではなく制服が着たい。しかし、もし要望が却下されるのなら代わりにその制服姿のまま、最近開発したこの『振動魔法付与、悶絶吸盤イカゲソローター』をこっそり授業中に使用してみてはもらえないだろ——」


 バシッと俊速の手刀がウネウネと小刻みに震えながら蠢く『ちょうど良いサイズ』に加工されたゲソを払いのけ、刹那の間に切り刻まれる。その間わずか〇コンマ三秒。


「朝から明らかに卑猥で不愉快な物を平然と出さないでください! だいたい、己の『ゲソ』で何を開発されているのですかあなたは! 制服も当然却下です! 王族や貴族付きの護衛や従者は、『生徒』であることが条件として有りますが服装は周囲との判別をつけるため自由。つまりスクイドの軍服は確定」


 上等な生地で仕立てられているのが一目でわかる格式と品格を感じさせる制服に身を包んだエステルの顔をじっとスクイドは見据え。自由——という言葉を定義し始めたところで、


「朝から正門前で喧しいですわね、底辺王女様? さ、スクイド様、このような王女崩れは放っておいてわたくしと……はぅっ!? ぐ、軍服。

 漆黒の生地にほんのりと可愛い薄桃色をした襟の裏地! ディティールに拘った装飾、袖元のカフスボタンのデザインも秀逸。


 なによりそれらの衣服を完璧に着こなすスクイド様の美貌と磁器のように白いお肌がより際立っていらっしゃるっ!! 程よく崩れたフュングラム王国式の軍服に、ですが腰元にはキッチリと正規武装で有るミスリルの細剣と魔導銃。ハァ、ハァ、いい、良いッ!!」


 怒涛の勢いでスクイドの軍服姿を絶賛し始めたルナ。


 エステルはマウントを取る機会にも関わらず、半歩下がってドン引きしているのが見て取れる。


「わ、私のデザインが気に入ってもらえたのなら、よ、良かったわ……さ、スクイド、行きましょう」


 ヨダレを溢しながら血走った瞳を全開にしてスクイドを視姦し続けているルナから距離を取ろうとするエステル。


「この際誰のデザインだとか、そんな事は些事ですわ。重要なのはこの軍服がスクイド様の魅力をこの上なく引き出しているという事実! ど、どうか、どうか一枚、その御姿をわたくしの『デバイス』でご撮影の許可を」


 血に飢えた魔獣のように這い寄るルナの圧に屈したエステルは、頬と長い耳を真っ赤に染めながら別の生物の如くしおらしくなったルナと並び立つスクイドを渋々フレームに納めてシャッターを切る。


「んふ、んふふふ——!?」


 ヤバい笑顔を垂れ流す危険人物にこれ以上関わるまいとエステルは静かにその場を離れようとして、スッといつもの表情に戻ったルナが声をかける。


「底辺王女、いえ、エステル姫。わたくしにもスクイド様と全く同じデザインの軍服を一着用意してくださいませ。もちろん費用はこちらでお支払いいたします」


 ビクッと肩を震わせたエステルが何を言われたかわからないと言った表情をルナに向ける。


「え、ええっとそれはどういう……」


「わたくし、軍服姿のスクイド様を見て気がつきましたの。このオリジナル軍服は恐らく世界に一着。

 では二着目ができた時真っ先に袖を通すのは誰か。わたくし、スクイド様と同じ軍服に身を包んで並び立つ栄誉と悶絶必須のご褒美に比べれば、あなたとの軋轢や過去なんて今すぐドブに捨てられます。

 喜んであなたの軍門に降りましょう」


 唐突に訪れた近衛軍取得の機会。


 エステルは驚きすぎて絶対に王女が民衆に見せてはいけない顔をしているが、瞬時に思考を切り替えブツブツと普通に聞こえる声量で独言し始めた。


「ルナが私の近衛軍? あの腹黒七光が? なんの策略? でも、ルナの影響力と発言力はこの先、絶対役に立つ! 魔法の技量もトップクラスだし、あの【固有能力】も私の手中に!? なにこの美味すぎる状況!? スクイドが来てからの私、なんか輝いてる!?」


 一頻り思考に耽ったエステルは今更すぎる程に王女然とした雰囲気を身に纏う。


「コホンっ、良いでしょう。貴女を今この時より、私の近衛軍として——」


「ああ、条件ですが、お給金等は必要ありません。ただ、絶対にして唯一不変の条約。わたくし以外に『女』という生き物を増やすな。その時点でコロス。おわかり頂けまして?」


「は、はい。わかりました」


 素体の記憶で言う般若の如き表情で射竦められたエステルは涙目でコクコクと首を振る。


「では、参りましょう! スクイド様! わたくしはもうスクイド様の唯一にして無二の部下。これから始まる目眩く上司と部下の恋物語をこの学園で紡ぐ——」


 ルナへの恐怖でシクシクと涙を流していたエステルの手を引き、華麗なポージングを決めていたルナのもとへおもむろにスクイドは歩み寄る。


 いつのまにか静まり返っていた正門前に授業開始を告げる鐘の音が虚しく響いていた。



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