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第14話:烏賊の見えない触手と美少女エルフ

 スクイドは先行したエステルの後を追いかけていた。


 姿を見失ったエステルの行方を追う上で周囲の人々に「怪しい者」をみなかったか?と尋ねたところ「非常に怪しい少女を見た」と目撃証言を多数得たことで難なく路地の奥へと辿りついた。


「エステルはあの魔族を追いかけたか……」


 スクイドは物陰から様子を伺う。


 丁度エステルが壁を蹴って飛び、その様子を真下で手を合わせて見つめる人種の男と足元に大きな袋があるのみだった。


「さぁて、どうしますかね? 『商品』にゃ使い道もまだあるし、金も先に受け取った、と」


 人種の男がしゃがみ込むと紐で括られた袋を開く。


 中から姿を現したのは猿ぐつわをされ、瞳に大粒の涙を浮かべた美麗な顔立ちの美少女。


 薄暗くても目立つブロンドの髪と人種の中でも一際豊潤な魔力、特徴としては尖った耳を持つ人種。


「たしか、あれはエルフという人種」


 素体の記憶と一応行った【鑑定】の結果、種族を断定したスクイドはまだ動かず様子を伺う。


「おうおう、唆るねぇ〜。商品に手をだすのは御法度! ただ、状況が状況だしな? 眼福拝んでムラムラっとした感情を『御高い身分』の痛いけな美少女で満たすのも一興」


 エルフの美少女に限りなく顔を近づけニタニタと笑みを浮かべる人種の男は震えるエルフの美少女を丁寧に袋から取り出すと、手足を拘束され身動きの取れない肢体をねっとりと見回し。


「ただなぁ〜、ってのも趣味じゃないんだわ」


「——っ!」


 瞬間、フッと人種の男がスクイドの視界から忽然と消え、気がつけば背後から冷たく鋭利な感触を首筋に当てられていた。


「いや〜、報酬もらってないはしない主義なんっすけどね〜。見られちゃまずい場面と、見なきゃよかった不幸っての? 重なっちゃったらしょうがないよネ? めんご」


 スッと躊躇なく引き裂かれたスクイドの首筋から鮮血が舞い、こちらを見ていた少女の顔が蒼白に染まっていく。


 完全に気配を殺していたスクイドに気がつき、瞬時に背後へと移動した直後に躊躇なく必要最低限の切傷で致命傷を与える。


 スクイドは瞠目しながら一度正面に倒れた。


「ふむ、やはり人種は面白い。エステルも強いが『鼻ピアスのドレッド頭』も見た目以上に強い。魔法を使用しなければエステルより強者かもしれない」


 地面を血の海に変えながらぼやくスクイドに人種の男は一瞬目を丸くして可笑しいもの見たように高笑いをあげて叫んだ。


「おいおい! 相当クレイジーだな少年! 即死の重傷でそんなぼやく奴初めて見たわっ! 『鼻ピアスのドレッド頭』ってオレの事かよっ! はっはー! いいね少年! 殺す前にイジってみたかったぜ」


 手の中で小ぶりな刃物を弄びながら再び美少女エルフの下へおもむろに戻っていく人種の男。

 その向こうで震えていた美少女エルフの顔が更に驚愕の色で染まる。


「……ふむ。自分もこの数ヶ月研鑽は積んだが、近接戦闘ではまだまだ及ばない」


「おいおい……マジかよ少年。もうちょい刻めば昇天できるかい?」


 特に何の痛痒も感じていない様子で立ち上がったスクイド。


 ほんの僅かに驚いた様子を見せた人種の男だったが、直ぐに切り替えて今度は正面からスクイドへと接近する。


「エステルは人前で見せるな、と言った。つまり見えなければいいと、最近になって思い至った」


 スクイドの身体能力では俊敏に迫る人種の男を視界に捉えることはできても対処はできない。


「悪いね少年! 来世があったらまた絡もうぜ——」


 真正面から突っ込んできた人種の男はそう見せかけてフェイントのステップを複数織り交ぜながら軽く跳躍、再び忽然姿を消した次の瞬間、鋭利なナイフをスクイドの直ぐ真横から頭部目掛けて振り抜く。


「なっ——」


 ガクンと勢いを強制的に殺された人種の男は不自然な体制のまま空中で静止。


「ぐっ! な、ナニカが体に巻き付いていやがる!?」


 みしりと空中で体を締め上げられた男の口から苦悶の声が漏れ、


「ふむ、【擬態】は成功。『鼻ピアスのドレッド頭』に自分の『本体』は見えていないようだ」


 特に何の感情も感じさせないまま淡々と現状を述べるスクイドと視線が重なった瞬間、人種の男が焦燥を覚えたように額から汗を流し、即座に行動を起こした。


「はは、こんな軽めの仕事で命張れねぇよな——出し惜しみはなしだ。じゃあな、トンデモ少年!【固有能力:転移】!!」


 いよいよ『不可視の触腕』に力を込めようとしたスクイドの眼前で唐突に人種の男が消えた。


「【転移】か、油断した。それにしても便利な力だ。次に会うことがあれば頂こう……」


 その場から消失した男の力に少し羨ましさを覚えたスクイドは気持ちを切り替えて視線を前方に向ける。


「——っ! ——っ!!」


 猿ぐつわを嵌められた口元から声にならない声をこぼす美少女エルフの下へとスクイドは歩み寄り、怯えて肩を振るわせる美少女エルフの縄をほどき猿ぐつわを取って解放する。


「ふむ、縄の跡があざになっているな。こう言う時は……魔法か」


 スクイドが驚きの表情で身を硬くしている美少女の腕に手を置き魔法を発動。


 濃く深い深海のような水が美少女の手首と足首を包み、鬱血したあざを癒す。


「——!? すごい、ですわ。こんなに綺麗な魔法、初めて……」


 美少女エルフはどこかうっとりした様子でスクイドの魔法を眺めたあと僅かに紅潮した顔色で上目がちにスクイドを見た。


「あ、ありがとうございます。助けていただいて——そ、そんなことよりも怪我っ!!

 見せてくださいまし、 わたくしのアザなんかよりも、あなた様の方が大怪我を」


 ぐんと距離を詰めてスクイドの首や頭、体の至る所をペタペタと触る美少女エルフ。


「嘘、あんなに血がでたのに怪我が、ありませんわ? いえ、確かにあの時首にナイフが」


 体に付着していたスクイドの血で汚れた細く白い指先をそっとスクイドは握り返し、なぜか熱い眼差しを向ける美少女エルフの手をおもむろに魔法で生成した水で洗い流す。


「問題はない。自分の傷はすぐに塞がる。それよりエルフの美少女、他に怪我はないか?」


「え、あ、はい。わたくしは大丈夫……ぇ、美少女?」


「ふむ、素体の感情的記憶が歓喜する程エルフの美少女は『美少女』だと思うのだが、違うのか?」


 大凡すべての女性と同じやり取りをしている気がすると感じながらもスクイドは問いかけ、


「そんな、美少女だなんて……こんなにも真っ直ぐに言ってくださる殿方は初めてです」


 尖った耳を真っ赤に染めながら両手で顔を覆う美少女エルフ。


「ふむ。自分はスクイドという。棲——家まで自力で帰れるだろうか?」


「スクイド様……わたくしはルナと申します。

 ちょ、ちょっとだけ、まだふらついてしまいそうなので、送っていただきたいなぁ、なんて。

 お礼! お礼もしたいですし! 是非我が家に」


 お互いが軽い自己紹介を済ませたところで二人の間を割るように上空からシュタッと、やけに香ばしいポージングの王女が飛び降りてきた。


「結局魔族は取り逃してしまいました。スクイド、あなたがもう少し早く来ていれば……あ」


「……え」


 颯爽と現れたエステルとルナの視線が見事にぶつかった。


「これはこれは、お腹真っ黒な主席さまじゃありませんか? 『学園長』の娘という肩書きだけ七光のお嬢様がなぜこのような薄暗い場所に?」


「あらあら、あなた様は最底辺王女のエステル姫ではありませんか……あなた様こそ、お似合いな路地裏で優雅にお散歩ですの?」


 何の前触れもなく視線を合わせるなりバチバチと火花を飛ばし始めた二人の美少女。


 そんな二人を横目にふとスクイドは食事を作って帰りを待っているであろうイザベラの静かな笑顔が思い浮かび、カタカタと身を震わせ始めたのだった。


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