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第12話:烏賊とドワーフ

 スクイドがエステルの下に身を寄せて数ヶ月の月日が流れたある日。


「長い夏季休暇も残すところ後ひと月です! さあ、私の従者たちよ! 考えるのです!! 

 私の塵芥にも等しい『王族』というコネクションでいかにスクイドを〈学園〉へと編入させるのかっ!」


 エステルの通う〈学園〉と呼ばれる教育を目的とした機構には年度を通して夏季にのみ長期休暇が与えられている。その他にも数日の特別休暇はあるらしいが、長期休暇は夏季のみと言うことだ。


 数千年深海で生きてきたスクイドには無縁であったが、地上には『季節』と呼ばれる気候の変動があり主に夏季と冬季に分けられていた。


「スクイドくん、そこの調味料取ってくれる?」

「ん」


 時刻は昼過ぎ。


 声高に演説を繰り広げているエステルを横目に、最近覚えた『調理』を隣立つイザベラと肩が触れ合う距離で行うスクイド。


「〈学園〉へスクイドが通うには、例え護衛や従者の身分であっても『学生』でなければならないのが鉄のルール! 本来であれば王族の護衛や従者の編入は国がその者の身分と実力を保障し、簡略化された試験さえパスすれば入学できる低き門。

 ですが、私にはその後ろ盾が何も無い!! 王族なのにっ! 王族なのにっ!?」


「これ、どうかしら? 味見してみて? あーん」


「ふむ、悪く無い。いやむしろ完璧だ」


「うふふ、スクイドくんったら……わたしも、あ・じ・み、しちゃおうかしら?」


 耳にかけられたイザベラの甘い言葉と吐息がスクイドの体をブルリと震わせ——。


「そこの従者二人っ! 主君たる私を放置して何をやっているのですか!? というか距離近くない? 

 まあ、仲が良いのは喜ばしい限りですが」


 エステルは良くも悪くも鈍感で純粋だった。


「落ち着いてエステルちゃん? 確かに学園でスクイドくんの力を示せば有力なコネクションを繋ぐきっかけにはなるだろうけど。一般編入は難易度が通常入学の比ではないのよ? スクイドくんは身分も特殊だし、やっぱりわたしと一緒に後方支援に徹した方が」


 顎に手を添えて思案するように首を傾げるイザベラ。


 エステルは頑なに首を横へと振って言葉を遮った。


「それでは、意味がありません。王戦の期間は末娘の私が二十歳を迎えるまでの残り三年間。

 現状は第一王子派閥、第二王子派閥の二強にやや劣勢で第三王女派閥。私を除く他の兄姉たちは早々に王座を放棄しそれぞれの派閥に与している状態。そして現状優位の第一王子派閥にとって私の存在は」


 言いながらエステルはぎゅっと唇を引き結んだ。


「……邪魔、でしょうね。早い話エステルちゃんが、例えば運悪くで命を落としたりすればその時点で王戦は終了。現在優勢の第一王子派閥にとっては僥倖でしかないもの」


 エステルの言葉を引き継いだイザベラが深くため息を漏らし、目を伏せていたエステルは軽く鼻を鳴らすように王女らしからぬ口調で持って返した。


「どうせ逃げられない、どこの派閥に属しても私は『交渉の道具』か『ターゲット』にしかならない。

 あぁ〜、だるぅ〜」


 そんなエステルの様子にイザベラは微苦笑で返すしかなく、場に重たい空気が流れ始めたところで、パッと表情を一変させたエステルがスクイドの手を取った。


「こんな所でクヨクヨしていても仕方ありませんっ! 街へ出ましょうスクイド!!

 丁度あなた用の『装備一式』が出来上がっている筈です! それにもしかしたらこの微妙な流れを変えてくれる刺激的な出会いがあるかもしれません!」


 時折スクイドは素体の記憶からエステルは『躁うつ』という状態ではないだろうかと感じることもある今日この頃。


 先ほどまでの陰鬱とした空気を一変させキラキラと瞳を輝かせたエステルはスクイドの思考など知る由もなく手を強引に引きながら家を飛び出すのであった。




 ***




 〈学園都市機構バベルディア〉の繁華街。


 多くの学生や観光客で賑わうこの場所は〈学園〉にまつわる様々な書籍や道具、安価な食料品から高級感漂うカフェやレストラン、戦闘用の武具から魔道具と幅広いジャンルの店が連なっている。


「ふむ、やはり人種の暮らしは興味が尽きない。特にあのスイーツ店の新作は今話題で——」


「スイーツの情報鮮度が女子並ですね。残念ですが新作スイーツは今度です! 今日は完成した『エステル近衛軍の装備一式』を受け取りに来たのですから!」


 目ぼしいスイーツ店の最新情報をメモし始めたスクイドの襟首を捕まえて引きずっていくエステルは周囲の視線に構うことなくズンズンと足を進める。


 雑多な人々で賑わう通りを抜けた先、途端にひと気のなくなった寂しさを感じさせる路地に佇む古めかしい武具店の前にやってきたエステルは勢いよく扉を開いた。


「おじさーん! ヤボックおじさーん!!」


 王女とは一体。


 スクイドですら疑問を抱かずにはいられないほど近所の町娘が馴染みのお店へとお使いに来たような調子で声をかけるエステル。


「あぁ? なんだぁ、昼間から騒々しい……誰かと思えばエステルの姫さんかい」


 店の奥からずんぐりとした体つきで髭面の中年、にしてはやけに背格好の低い男が煩わしそうに歩み出てきて、満面の笑みを浮かべたエステルを視界に収めるなり眉間に皺を寄せて煩わしい度合いが増したような表情を全面に湛えていた。


「もぉ! 面倒そうな顔しないの! 私たちお客さんだよ?」


「はっ、ガキが一丁前に!! 

 オレッちの客を名乗るんなら『ミスリルソード』千本ぐらい発注してみろってんだ」


「どこの軍事国家よ! 来るかもわからない大口の取引より、目の前のお客さんを丁寧に対応しないと!

 今の時代、普通の鍛冶屋なんてすぐ潰れちゃうんだからね!」


「そーかい、そーかい! んじゃあ商才のないオレッちは潔く店じまいだ! てめぇらはもう客じゃねぇ!  

 ガキは帰んな」


「ちょっと! じゃあ私の剣は誰が手入れするのよ!? それにこの間頼んでいた装備一式! 

 今日が受け渡しの日でしょう! まさか、出来てないなんて言わないわよねっ!」


「かー、ったく相変わらず騒がしい姫さんだぜ。二日酔いに響くんだよガキの声は」


「一国の王女に『ガキ』なんて普通言わないからね? いくら『ドワーフ』で元『宮廷鍛治師』だからってなんでも許される訳じゃなんだからっ!」


「けっ! んじゃぁ不敬罪にでもすればいいじゃねぇか? 軍の一つでも動かしてみろい、跳ねっ返りの第七王女さんよ」


「うわぁあ! むかつくぅうう! 私の事情わかっているくせに意地悪言ったぁ! もういいもん!!

 ……イザベラに言いつけてやる」


 顔を合わせるなりやいのやいのと低次元な言い争いを繰り広げるエステルとドワーフの鍛治職人ヤボック。


 泥試合も佳境に差し掛かった所で『イザベラ』という宝刀をエステルが切り、「うぐっ」とその名前に額から汗を垂らしたヤボックが半歩後ずさる。


 以前スクイドも一度採寸のため訪れているがエステルとヤボックの論争は同じようなやり取りを経て同じような結果に終わっていた。


「はんっ! ぎゃーぎゃーとこれ以上店先で騒がれたら迷惑だ。ソコの木箱に一式揃えてある。とっとと持って帰りやがれ」


「なによ、出来ているなら早く言ってくれればいいのに。で、支払いは?」


「ふん、貧乏王女からむしり取るほど困っちゃいねぇよ! 素材の余りだけで十分な仕事だった。わかったら早く帰りやがれっ!」


 今回依頼した武具の生成には『魔境』でエステルの訓練がてら討伐した『魔獣』の素材を用いてもらった。


 エステル的には節約のためだったらしいのだが、ヤボックからすれば本人が言うように質の良い上等な素材ばかりだったので製作費をサービスして差し引きしても一応プラスらしい。


 ただ素直に説明するのが恥ずかしいのか、ぶっきらぼうにボヤいた後大声で怒鳴りエステルとスクイドを店から早々に追い出した。


「もう! スクイドには中で試着して欲しかったのにっ! こうなったらやけ食いです! 浮いたお金でさっきの新作スイーツを食べ尽くしてやりましょう! いざ甘味の癒しへ!!」


 スクイドは終始エステルのテンションに押されるまま貰った木箱を【異空間】に収納し満更でもないスイーツ巡りへと向かったのだった。

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