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第11話:烏賊、ワンチャン女拓いけるのでは、と思案する

「ふむ。もう戦闘訓練は行わないのだろうか? 次は背中もしっかりガードしようと思う」


 エステルはスクイドの言葉に、冷静になった事で理解してしまった目の前の伝説的魔獣兼勇者に半目を向けている。


「というか、戦闘訓練以前の問題ですね。スクイド、あなた弱過ぎます」


「ふむ、自分はこれでも強者の枠に入っているつもりだが」


 心外とばかりに珍しく口を尖らせたスクイドに目を丸くしながらエステルは応えた。


「ふふ、案外可愛いところもあるんだ。

 スクイドが総合的に『強者』であることは否定しませんよ。ですが、これからあなたはその全力——主に〈触手〉を封印された状態で戦う事になります!その上で百年引きこもり続けた人族としての現在あなたの実力は——」


 エステルが言葉を区切ってスクイドにピッと指を向ける。


 その際一瞬だけスクイドがビクッと肩を揺らして反応してしまった姿に、またもや不覚にも『可愛い』と感じてしまった事を胸の内にしまいながらエステルは続けた。


「人族の子供以下です」

「こども、イカ……」


 エステルの言葉にわかりやすく肩を落とすスクイドを片目でチラリと見遣りながらエステルは考える。


「稚魚……ということなのだろうか」


 何事かをぼやいているが、気にしない。


 恐らくスクイドはあの〈触手〉をまさしく手足のように利用してきたのだろう。


 今思えば人として見た時にスクイドの体はお世辞にも逞しいとは言いがたい。


 魔力を用いればその限りでは無いのだろうが、如何せん〈触手〉に頼り切っていたスクイドの動きはいくら魔力で強化した所で瞬発力、反射力、動体視力どれをとっても頼りなく、魔力で膂力を強化しても十全に扱いきれないのは明白。


 少し戦闘経験を積んだ子供にすら翻弄されるのは誇張ではなく事実だ。


【魔法】を利用すればまた違ってくるとは思うが、どちらにせよ懐に入り込まれ近接戦闘を強いられた場合に不利な状況となることは想像に難くない。


 と、考えを巡らせていた所で未だに暗い影を背負っているスクイドの顔を覗き込むようにエステルは視線を合わせた。


「スクイド、そんなに落ち込まなくても大丈夫です。今は体の動かし方を知らないだけ、その分あなたは途方も無い可能性を秘めています。それは、それは恐ろしいほどに」


 エステルは言いながら自身の背を冷たい汗が伝うのを感じた。


 経験や技術などなくても


 スクイド・ホオズキというエステルが出会った規格外の存在は、たった一人で一国を滅ぼしうる。

 紛れもなくだ。


 そんな彼に修練を与え、技術を鍛え、経験を積ませる。それはどれだけ恐ろしい行いだろうか。


 自分は果たしてとんでもない化け物を生み出そうとしているのでは無いかと、しかし同時にエステルは思う。


「……」


 だだっ広い敷地の隅に建てられた民家、もとい屋敷を嘲笑うかのように佇む絢爛豪華な『本邸』を見てエステルは自身の内側に暗く冷たい感情が渦巻いていくのを感じていた。


「スクイド! ともに武を知り、もっと高みを目指しましょう!!

 まずは基礎鍛錬から、徐々に武術、剣術を教えていきます。夏季休暇の間に詰め込みますよぉおっ!!」


「ふむ、か。人種の技術は何を見ても興味深い。了承した」


 底抜けに明るいを被り、エステルはスクイドと二人力強く頷きあった。




 ***




 時刻は深夜、エステルの寝室。


「ふむ……やはりエステルの体は自分の理想を叶えるのに最適だ」


 上下で同じ柄模様の『パジャマ』と言う就寝時に人種が身につける衣服、その上着のボタンを一つずつ丁寧に開いていく。


「……ん」


 透明感のある無垢な白い肌が大きく晒され、一瞬眉根を寄せたが少女は深い眠りの中に留まったままだ。


「『女拓』を取るには絶好の機会に思えてならないのだが——」


 スクイドが半裸となった少女を前に膨らんだ妄想を口にしていると、背後から妖艶な響きを纏った声がスクイドの耳元を撫でた。


「もう、馬鹿なこと言ってないで早く済ませちゃいましょう? それとも純粋無垢なエステルちゃんのカラダに欲情しちゃったのかしら?」


 スクイドの肩口から顔を覗かせたイザベラが抱きしめるように手を回し、細い指先が優しくそれでいて大胆にスクイドの皮膚を刺激する。


「……ふむ。『女拓』はまたの機会に交渉してみよう」


 言いながらスクイドは手の平をエステルへと翳し魔力を込めた。


「では始める——【黒水くろみず】」


 スクイドの手より生み出された烏賊墨のように真っ黒な液体はその形状を細長い糸のように変えて、瞬間勢いよくエステルの心臓付近へと突き刺さる。


「……ん、んん……」


 再び眉根を寄せ額に玉のような汗を浮かべるエステルであったが、【黒水】がその体内へと入り込んだ後は、静かに寝息を立て始めた。


「ふむ、終わりだ。これでエステルの内部にあった『澱み』は消える。

【黒水】が馴染み〈覚醒〉すれば個体としての能力は今までと比較するまでもなく上昇するだろう」


 スクイドの言葉にどこか安堵したような表情を浮かべたイザベラは一瞬、人種の母が子に向けるような瞳でエステルを見つめた。


「これで、この子を危険視するお馬鹿さんたちの妨害があっても安心していいのよね?」


「自分が見てきた限り、地上の魔獣や人種の攻撃でエステルが死ぬことはない」


「そう……ありがとう、スクイドくん」


 小さくお礼の言葉を紡ぐイザベラ。


 しかし次にはスクイドへと蠱惑的と表現すべき視線をむけ、その手を引くように扉へと足をむける。


「いらっしゃい? たっぷりとお礼をしてあげる。ふふ、今夜はあなたの全部、わたしに頂戴?」


「……む」


 翌日の朝日は地上の生活に慣れ始めたスクイドにとっても、少し、眩しく感じられた。

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