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第8話:烏賊と菓子

 魔力を帯びたスクイドの瞳が黄金色に輝き無機質な瞳孔が二人を射竦める。


 殺意などではない。


 ただシンプルに『破壊』という考えに至ったスクイドの意思は二人の生物としての根源的な恐怖を揺さぶり、スクイドの背後に強大なナニカを幻視させた。


 生き物としての〈核〉の違いを本能で感じた二人が恐れ慄くように身を寄せカタカタと震えている。


 だが、それでも巨乳メイド——イザベラはスクイドの言葉を聞き逃さなかった。


「い、いま何て言ったのかしら? 聞き間違いじゃなければ美少女とかなんとか」


「ふむ……イザベラは『巨乳メイド美少女』だと素体の情報から判断したのだが?」


 人種は年齢に応じて呼称を使い分けるとスクイドは素体の記憶から理解はしているが、エンシェント・カオス・クラーケンとして数千年以上を生きてきたスクイドからすれば人種の年齢の差異などよくわからないに等しく、イザベラの容姿から『美少女』というカテゴリーに入ると判断した。


「もう一度聞きます。わたし、美少女、ですか?」


「どこからみても美少女だと思う。違うのだろうか?」


「はぅっ!? なんて純真な瞳! だ、だめよ、美少女なんて、わたしはそんな年齢じゃ」


「いや、美少女だと思うのだが」


「はぁわあっ!?」


 カタカタと身を震わせながらもしっかりと羞恥に頬を染めて悶えるような仕草を繰り返すイザベラを横目にエステルが「はんっ」と鼻を鳴らす。


 スクイドの意識が逸れたことで、落ち着きを取り戻したイザベラは咳払いを一つ。


「スクイドくんがとっても良い子で、お姉さんが食べちゃいたくなるくらい可愛いって事と只者ではない実力の持ち主なのはよくわかったわ」


「前半の情報いらないよね? というかチョロすぎじゃないですか?」


 かく言う自身もスクイドの美少女発言に落ちたチョロい王女が嘆息する横で、イザベラは殊更胸の膨らみを強調するかのように押し上げながらスクイドへと問いかける。


「実力は認めるとして、スクイドくん。あなたはなぜそこまでしてこの子の近衛軍に?」


 母というよりも姉的な憂慮を漂わせるイザベラ。


 スクイドは「触手——」と即答しかけた所をエステルの視線に制され、しばし黙り込んだのちイザベラをジッと見つめた。


「ん? ど、どうしたの? そんなに見つめて……だめ、ダメよスクイドくん、わたしがいくら『美少女』に見えていても、わたしたちの年齢には差が——」


 それは唐突に湧き上がった感情的記憶。


 スクイドの意識の埒外から突然に入り込んできた言葉がスクイドの口を通して発せられる。


「家族に、会いたい。元の世界に、帰りたい」


 無機質に辿々しく語られた言葉にイザベラとエステルは唖然とし、


「ふむ、今のは……ん? これは」


 スクイドは頬を伝う体液の存在に訝しみ、それが素体の瞳から流れ落ちている事に気付いた。



 ***




「まさか、百年前に姿を消したと言われている『亡国の勇者様』が今も実在していたなんて」


 エステルから事のあらましを聞いたイザベラが感慨深い吐息をつく。


 実際エステルが話した内容はエンシェント・カオス・クラーケンの部分を完全に伏せてはいたが、曰く。


『クラーケン云々の話は私以外に絶対口外禁止です! 私の友人や知人問わず誰にも言わないで下さい!  

 自分が割とナチュラルに受け入れられている事自体、私の器の大きさに賞賛を贈りたい。

 この事はおいそれと口にしていい話題ではありません! 下手したら近衛軍どころか即討伐対象です』


 というエステルの話を聞いていたスクイドはイザベラに対するエステルの説明に口を挟まなかった。


「百年前、スクイドは無理やり異世界からこの地に召喚され【固有能力】の研究体として地獄という表現すら生温い過酷な日々を強いられた……が滅びたことも当然の報いと言わざるを得ないでしょう。


 そして、【固有能力】により長き時を生き延びた勇者様と、仔細は省きますが私は出会いました!!


 だからこそ、私はやり遂げなければならないのです。


 私が『王戦』を勝ち抜き王の地位を得た暁には、『異世界召喚』の術理を必ず〈世界評議会〉から手に入れると誓ったのです!! だから協力してくれますね? イザベラ」


「スクイドくん、あーん。これわたしが焼いたクッキーなの。お口に合うかしら?」


「ふむ、素体の口から食するのは初めてだが……む、っ、この感覚はっ! 自分が今まで捕食した何よりも美味だ! 美味という感覚はこんなにもっ!? 口に含むたび溢れる多幸感! これは、素晴らしい」


「まぁ、スクイドくんたら大袈裟よっ、でも嬉しいわ。もう一ついかが? あーん」


 公約を表明するが如く演説を行うエステルを置き去りにスクイドは初めての『菓子』に感極まり、イザベラがクネる。


「おいそこの従者どもっ!! 主人を蔑ろにしていいのですか!? そこになおれぇいっ」


 それからスクイドは風呂の恐怖を克服したり、イザベラの『料理』に狂喜乱舞したりと人種の営みに歓喜感激しながらエステルの屋敷で当面の日々を過ごす事になった。

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