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第7話:烏賊と木造平家3LDK

 スクイドの目の前には素体が元の世界で通っていた『高校』と呼ばれる学舎と変わらない規模の巨大な屋敷と『高校』にある『グラウンド』並みの庭が広がっていた。


「さあ、つきましたよ。私の屋敷——は、こっちです」


 絢爛豪華な大扉に向かって歩いていたエステルは突然進路を変更し、庭を通って屋敷の裏手に向かい歩き始めた。


「棲家の中には入らないのか?」


「……あれは、私と同様に学園に在籍している兄姉たちの住んでいる屋敷です。私のはこっち」


 エステルの進む先に見えた建物にスクイドの持つ素体の記憶からある言葉が浮かび上がった。


「木造平屋、3LDK」


「え? なんですか?」

「いや、なんでもない」


 有り体に言って、家だった。屋敷とか館とか棲家でもなく。まごう事なき家だ。


「あぁ〜疲れたぁ〜、ただいまぁ」


「……」


 スクイドの脳内は、視界から得た情報を素体の記憶領域から感情的記憶、知識的記憶、様々な情報を統合。


 最も『人種』として適切であろう感情表現が浮かび上がるよう内部機能が構築されており、結果浮かんだ言葉は「王女じゃなくて普通の女子高生だろ、絶対」である。


 しかし、それを言葉にすることはしない。


 なんでも思いついたことを発言するだけでは『コミュニケーション』という事象が成立しないことをスクイドは先ほど学んだ。


 詮のない思考に耽っていると、家の奥からお母さん——ではなく、メイド服と呼ばれる素体が歓喜を覚える格好をした妙齢の女性がパタパタと走って出てきた。


「エステルちゃ〜〜んっ! 帰りがあまりにも遅いから心配したのよぉっ」


 ふくよかな胸と亜麻色の長い髪を左右に揺らしながらその女性はぎゅっとエステルを抱擁。


 やはり『お母さん』なのだろうか。


「イザベラ〜、仮にも王女で主人な私をちゃんづけはダメって言ってるでしょう〜、でもただいまぁああっ!」


 スクイドはジッと母娘のようなやり取りを眺めながら思考に耽っていた。


 人種の母と子という概念は素体の記憶を通して理解しているスクイドではあるが、ここで一つの疑問が浮かび上がった。


 本体(エンシェント・カオス・クラーケン)にも母という存在は在るのだろうか、と。


 答えはもちろん出ている。否だ。


 魔獣とは〈魔核〉と呼ばれるコアが本体であり、そのコアから物質化した肉体を生成している。


 故に胎から生まれ落ちるという経験をすることはなく、スクイドが過去に自我を持った時も、気がつけばそこに在ったという感覚しかない。


 魔獣とはその存在からして根本的に他の生き物と在り方が異なる。


〈魔核〉を破壊すれば魔獣を殺すことができる。


 言い換えれば魔核さえ無事なら魔獣は時間の大小はあっても魔力さえあれば体を再構築できるのだ。

 では、誰がなんのために魔獣のような存在を生み出したのか。


 記憶と情報の海を漂いながら壮大な疑問に浸っているところへ、はたとその存在に気がついた亜麻色の髪をした女性が水色の双眸をこちらへと向け、


「あら? エステルちゃんこちらの方は……」


 一瞬細められた視線に人種特有の『剣呑な雰囲気』というものを感じなくもなかったが、だからといってどうすることもないのでスクイドは視線を向けて応じた。


「ふ、ふ、ふ! 存分に驚いてくださいイザベラ!! 彼こそは栄えある第七王女近衛軍最初の一名にして暫定軍隊長のスクイド・ホオズキさんです!」


「えぇ!? エステルちゃんの軍に配属志願するなんて! それに、よく軍部参謀の第二王子が許可をだしたわねぇ〜」


「いいえイザベラ、彼は正規のフュングラム軍所属ではないわっ! 私が直接リクルートしたのよっ!!」


 がばっと胸を張るエステルの小さくはない膨らみが揺れ、それを遥かに凌駕する双丘を強調するように腕を組んだ巨乳メイドが呆れたようにため息を漏らす。


「エステルちゃん? 気持ちはわかるけどウチにはこれ以上生活に余裕はありません。もとの場所に返してきなさい? ね? いい子だから」


「まさかの小動物対応!? 待ってくださいイザベラ! 彼の実力は本物です! それこそ第三以下のハナクソ兄姉たちの軍ではきっと手も足も出ないと断言できます」


 再び大きなため息をついた巨乳メイドがスッと再び瞳を細めてスクイドへと向ける。


「仮にも王女様がお下品な言葉を使ってはいけません。スクイドくん、と言ったかしらね? 

 この子がここまで言うのだから相応の実力はあるのでしょう。

 ですが、あなたは何のためにこの子の近衛軍に? はっきり言ってこの子が王戦で勝ち上がる可能性は皆無よ?」


「うぐ! はっきり言い過ぎでは」


 物理的なダメージを受けたように蹲るエステルを余所に巨乳メイドは続ける。


「この子と私の故郷【フュングラム王国】では、末の子が十五を迎えた年から『王戦』を行い次代の王を選ぶの。

 王戦とは、軍事力、政務能力、指導力、最後に王子、王女個人の武勇、武勲を評価し全ての結果において他を圧倒する威光を見せつけなければならないわ。

 その中で最も評価の対象となるのが軍事力——つまり王子、王女の力のみでどれだけの『軍』を揃えることが出来るか。普通は王国の正規軍から希望者を募るのだけど……」


「私は末の七番目で女、出自も母がのため身分も低く……一応王戦に参加は出来ますが、すでに軍の中で参謀を務めている兄や他の兄姉からの妨害で正規軍からの希望は皆無でした」


 巨乳メイドの視線に苦汁を飲み干すようにうんざりとした口調で語ったエステルは半ばヤケになった様子で「だいたいこの屋敷?を見れば理解できますよねー」と投げやりに肩を落とした。


「同じ人族として〈帝国〉の抑止力にならなければならない王国は【固有能力】に依存しない強さに重きをおいた軍事国家なの。だから王位を継承する上で求められるのは血統ではなく『王』としての強さと器。


 だからね? スクイドくん一人が加わった所でどうにかなる話ではないの。


 わたしとしてはエステルちゃんにわざわざ危険な環境に身を置いてほしくない……だから、いっそのこと近衛軍なんて配属されず王戦を棄権できればと考えていたほどよ?」


 伏せていた視線を上げ真剣な眼差しでスクイドを射抜く。


「……イザベラ」


 エステルは不安そうに巨乳メイドを見やり、次いでスクイドへと視線をむけた。


「ふむ」


 スクイドは二人の視線を受け理解した。


 これは人種で言う『覚悟』という物を問われているのだと。


 つまりは『触手プレイ』における情熱と矜持を見せるべき時、ということだ。


「あなたに、この子の重荷を背負う覚悟が——ぁ、あぁ」


「す、すくいど? ちょっ、ま」


 何のことはない。


 スクイドは少し本気でこの地に住まう『生き物』を根絶やしにして見せれば巨乳メイドが納得するだろうか、と考えただけに過ぎない。


 その『欲求』がどれほどの熱量であるかを指し示すために。


「ふむ、自分がこの辺り一帯を更地にすればその『巨乳メイド美少女』は納得するだろうか」

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