天高く聳える灰石色をした巨大な建造物。
スクイドが地上に上がって二番目に足を踏み入れた場所は〈学園都市機構バベルディア〉と呼ばれる、人種が学問を学ぶために集う都市だった。
城のような威容を放つ巨大な学舎を中心に多くの店や住居が立ち並ぶ往来を所狭しと多様な人種が行き交っている。
歩行者と別に区分けされた道路には素体の記憶で言うところの車と呼ばれる人種が移動のために用いる箱型の乗り物が悠々と走り。
中に乗っている人種は街中を歩く人々をチラリと一瞥して鼻を鳴らしている。
「いーな、魔導走行車。でもアレ魔力燃費悪すぎて長距離は使えないんですよね……というか、仮にも一国の王族が徒歩って、世知辛いよ。世知辛すぎるよこの世界」
キョロキョロと周囲の様子に興味のつきないスクイドの横でピンクブロンドの前髪に隠されながらひっそりと物悲しい涙を目尻から落とす一応『王女』のエステル。
気を取り直したように前を向きスクイドの袖を引いて雑多な風景とは打って変わり整然と作り込まれた閑静な居住エリアへと足を進めた。
「ここ〈バベルディア〉は〈世界評議会〉によって運営されている大きな学園があって、世界各国から多種多様な種族に色々な身分の人たちが集まっているのです。
一応、寮なんかもあるけど私たちみたいな貴族や王族はこのエリアに住居を構えるのが普通というか、ステータスというか」
なぜか次第に声が萎んでいくエステルに向き直ってスクイドは問いかけた。
「エステルの棲家もここにあるのか?」
「棲家て……ま、まぁ、一応ありますよ? 搾りカスなりにも王族なので」
エステルの向かう先、立ち並ぶ無駄に不必要な装飾が施された巨大な住居の先にそれらよりも一際豪華で無駄な装飾が増えた屋敷が立ち並ぶエリアが見え始め、
「私の国は人族の中でも〈帝国〉と並び立つ大国なので、こう言う場所ではそれなりに体裁を保つ必要があるんです。実質〈世界評議会〉に加盟していない〈帝国〉を除けば、人族の治める国では私の国が一番大きいでしょう」
素体の感情を読み解けるスクイドからすれば今の情報は誇るべき事実であるように聞こえるのだが、エステルの顔は沈んでいる。
「そんな国の仮にも王女……この肩書きさえなければ私の人生も——なによりお母様の人生も、平穏で静かなものになったのでしょうか? いえ、それはないですね……お母様はともかく私はあの国王なしに生まれない」
素体の記憶によればこう言う時人種のオスはメスに『気の利いたセリフ』というものを言わなければならない、と思い立ったスクイドはその抽象的な理論の解を必死に脳内でサーチする。
「エステル、『魚拓』というものを知っているか?」
「は、はい? いきなりなんです? 魚拓って、あの港町とかによく飾ってある魚の絵?」
スクイドは静かに頷き遠くを見るように粛々と語る。
「素体の記憶によれば、釣りとは平和な世にあっても武の心を忘れないための鍛錬であったという」
「武の心? 釣りが? え? なんの話ですかこれ? 魚拓どこいった?」
「……ふむ。海という広大なエリアに竿と糸のみで立ち向かう。
巨大な海獣の跋扈する海に対し頼りない糸一本で魚を釣り上げる様は、望みを叶えようともがき戦うエステルに似ていると思わなくもない」
「スクイド——もう少し、ロマンチックな例えはなかったのだろうかと思わなくもないですが、あなたの気持ち、とても嬉しく」
「エステルの体を使い『女拓』をとってみたい。と自分は考えた」
「死ねクソイカっ!!」
鋭いボディブローがスクイドの細い体を宙に浮かせた。
【固有魔法:無限再生】が瞬時に腹部の打ち身を消し去るが痛みは残る。
呻くスクイドの襟首を掴み、エステルは豪華な屋敷の中でも飛び抜けて立派な屋敷の中へと向かっていった。