触手プレイを合法的に行うという目的のためエステルと契約したスクイドは現在、エステルの先導でとある場所を目指していた。
「あぁ、本当ならとっくに屋敷で残りの『休暇』をまったりと過ごせていたのに。でも不思議です、出発してから一週間以上は歩いているはずなのに体が軽い、全然疲れない! ねぇスクイド、あなたは疲れ——」
ぐんと真っ直ぐ森の中へ伸びた巨大な触腕がまとめて掻っ攫ってきた魔獣たちを虚空に開いた丸い口が豪快に咀嚼していく様を見てかエステルは言いかけた言葉を引っ込めた。
「私は、とんでもない生き物とまさしく『悪魔の契り』を交わしてしまったのでは? ですが、私には成り上がり『ざまぁ』する、という崇高な使命があります。手段など選んでいる余裕はありません」
エステルという人種の美少女は何かと一人で語らっている事が多い。
スクイドとしては何気ない美少女の悲壮な生態も観察意欲をくすぐられる光景である。
「ま、まあ? あなたが大量に魔獣を食してくださっているお陰で私は危険なく〈学園都市機構バベルディア〉への最短ルート〈深緑の魔境〉を無傷で横断できているわけですが」
エステル曰く現在横断中の森は〈深緑の魔境〉と言われる危険指定区域らしいのだが、スクイドにとっては『食事が勝手に湧いてくる食糧庫』でしかなかった。
「……スクイド? まさかとは思うけど。あなたこれからもずっとその方法で食事をするつもりですか?」
エステルの疑問にスクイドは心底不思議な物を見る瞳で応えた。
「ふむ。自分はこれ以外に捕食する方法を知らない。料理という文化が人種にあることは素体の知識で知っている。だが、素体の体を使って食べるという行為をしたこともなければ機会もなかった」
「? でも、私には『ゲソ焼き』を下さるじゃないですか。アレも料理では?」
エステルはスクイドと出会ってからこの間『ゲソ』しか食べていない。むしろ好んで食べている傾向が非常に強かった。
「なぜだろうか。自分はあの時『それが自然なこと』だと感じ疑わなかった。エステルが生でアレを食べる姿が想像——ふむ? いや、これは想像しておくべきか」
「今すぐにやめてください。不敬罪極まります。はぁ、いいでしょう。街に戻ったら私があなたに料理の素晴らしさを教えて差し上げます」
エステルがスクイドの素敵な妄想を断ち切った所でスクイドは視線を前方に固定し、エステルへと問いかけた。
「ところで、こちらに敵意のある人種は捕食してもいいのだろうか?」
「は? いや、どんな状況でも人を食すのは禁止で——」
言いかけた所で何かに気がついたエステルも警戒を露わにした。
周囲から放たれる粘ついた視線と不愉快な感覚。だが、そんなことよりもスクイドは森の切れ目から見える大きな石灰色の建造物に視線を奪われていた。
エステルが周囲を警戒しつつ腰に携えた両刃の剣に手を伸ばす。
「私としたことが。もう魔境の出口に差し掛かっていたのですね」
〈深緑の魔境〉は〈キルクス共和国〉から〈学園都市機構バベルディア〉との間に広がる魔境。
〈魔境〉は深部より魔獣を生み出す未だ謎に満ちた危険な場所ではあるが特殊な素材や解明不可能だが非常に有用なアイテムなども存在している。
「普段は魔境なんて通らずに竜車で迂回しますから、完全に失念していました」
魔境は脅威であると同時に貴重な資源でもある。
〈世界協定〉が締結後、加盟国内に存在する魔境の所有と独占を〈世界評議会〉は禁止。
以降魔境はどの地域に存在していても、どこにも属していない、つまり何の法も権利も及ばない『無法地帯』として取り扱われる。
「はっはぁ〜、魔境にガキと女が二人きり? 心中希望かぁ?」
そんな危険な地域でも、いや、だからこそこういった場所を好んで拠点とする輩は存在する。
エステルとスクイドの行手を阻むように薄汚い格好をした三人の男。背後からも同様に五人。
「ッち! 魔境に巣食う無法者たちですか……ふふ、然し! 相手が悪かったわね!! スクイド!
さあ、近衛軍の初仕事ですっ!! この愚か者たちを蹴散らしてあげなさいっ!」
ババーンと効果音とテロップが幻視できそうな勢いと余裕たっぷりなエステルに無法者たちは一瞬たじろぐ。
「……スクイド? スクイド〜? 聞いてますぅ? 敵、敵さんですよ〜」
「……」
エステルの呼びかけに対し微動だにせず遠く一点を見据えているスクイド。
状況に訝しむ男たちは、だが、次第にその笑みを深くして武器を構えながらにじり寄ってきた。
「頼りのカレシはビビって動けねぇってさ? ど〜するよネェちゃん、痛い思いをせずに俺らを全員
揺さぶっても抱きついてもピクリとも動かないスクイドに段々と冷や汗が額を伝い、顔が青ざめていくエステル。
「スクイドっ! スクイド様っ!? そろそろ、助けてくれないと!? わ、私がここで死んだらあなたとの約束も果たせませんよ!?」
エステルの必死すぎる呼びかけに一瞬反応を見せたスクイドはおもむろに口を開いた。
「……エステル。なぜ
「あとでよくなぁあああい!? 非常事態っ!私の貞操が蹂躙されるかもしれない危機ですよ!?」
ニヤニヤと舌なめずりを見せつけるように歪んだ笑みを湛えた男たちの手がエステルの寸前まで伸びる。
「ふむ。エステルはこの程度の人種に負けてしまう強さではない筈だが? 自分の
スクイドの言葉にいやんいやんと首を振っていたエステル。
揺れるピンクブロンドの長い髪を掴もうと伸びる男の腕は、しかし、次の瞬間空を掴んでいた。
「まぁ、そうなのですけどね」
閃光一閃。
光を纏った斬撃の軌跡が伸び切った男の腕を軽く撫で斬り、ついでとばかりに他の男たちの間を縫うように過ぎ去った光の剣筋が無法者たちを切り倒していく。
「姫としてはこういう時守ってもらうのが仕事というかですね。あなたこそ、ちゃんと働いてください!」
エステルが剣を鞘に戻す。同時に全ての男たちがその場に倒れ伏した。
エステルにとってこの程度を制圧し意識を刈り取るなど雑作もない。
むしろ余計なことを考えずシンプルに殺しにくる魔獣の方がエステルにとってよほどタチが悪く苦手だった。
「敵に値しない。故に捕食しても良いかと聞いた。だが、餌にもならない生き物をどのように相手していいかわからない」
「そんなの、適当に触手でペチペチやっておけばいいんです! あ、でも今から入る街では触手禁止ですからね?」
「……ふむ。善処する」
エステルは思う。王族といっても七番目。
育った環境も華やかとはかけ離れた状況の中で唯一幸運だったことは、エステル自身に剣の才があったことと、剣の師に恵まれたことだろうと。
初めてダークウルフと戦い、命のやり取りという感覚を掴んだ彼女はスクイドと出会ってからの道中でスクイドの捕獲した魔獣相手に実戦の経験をあえて積んだ。
実は積年の課題であった魔力の低さもエンシェント・カオス・クラーケンという幻級の素材を食べ続けることで今では人族の基準を大幅に上回っている。
何より本来エステルという美少女が最も得意とするのは、
「人相手の模擬戦なら私は負けた事がないのです! スクイドにも『人』としての戦いかたを教えて差し上げますね」
対人戦。エステルは生まれてこの方、師以外の相手に負けた事がない。
これもまた第七王女のエステルが他の王子、王女から妨害を受け孤立無縁にされている要因の一つでもあった。
「ふむ、本体を使用しない戦いか。考えもしなかった。では早速エステルに師事しよう」
「その前に、街に帰ったらお風呂! 早くお風呂に入らないと美少女は死んでしまうのです」
「煮えた水に入る人種の気が知れない」
「何を言っているの? スクイドも当然入るのです」
「い、いやだ。自分は、まだ湯掻かれたくはない」
お湯という単語になぜか恐怖を抱いているスクイドを見て、したり顔を浮かべながらエステルは目的地であり、現在居住している〈学園都市機構バベルディア〉へと向けてスクイドを引きずり歩いて行くのであった。