偶然にもエステルと王道的な出会いを果たしたスクイドは抑揚のない声色で自分が知り得る限りの情報を洗いざらい説明していた。
腰を据えて話をする為移動した小川のほとりで空の星々に照らされながら焚き火を挟み合うエステルは、青ざめたり泣き崩れたり怒り叫んだりと、スクイドにとってお手本のように人種の『感情』を顔面使用率120%で表現した。
「ふぅ——やっとひと心地つきました。まさか、あなたが一〇〇年前に姿を消した『亡国の勇者』様だったなんて、今でも半信半疑ですが……。
その背後でウネっている『触手』を見せられたら信じるほかありません。まさか魔獣の核を心臓代わりに、なんと
声色に緊張を滲ませながらエステルが問う。
対してスクイドは特に何の変化も見せることなく淡々と語る。
その合間になぜか背後から出てきた触手の先端を千切っては火で炙ると言う謎の行為を繰り返しているが、エステルは何も見ていないと言わんばかりに必死に視線を逸らしていた。
「ふむ……乗っ取ってはいない。自分はむしろ素体との意思疎通を願った。だが、素体の魂と呼ばれる核は度重なる実験と自分の〈魔核〉を取り込んだ事で崩壊。この体は自分の〈魔核〉を『本体』として再構築された。素体は【固有能力】により生きているが、それは器官が生かされているだけで、『生命』としては死んでいる、が正しい」
パチパチと独特の香ばしさを漂わせながら千切られた触手が炙られ水分が抜け落ちていく。
「そ、そうですか。結局あなたはどう言う存在なのでしょう。目的は」
「触手プレイ」
「——は、断固拒否ですが。なんといいますか、これから生きていく上での立ち位置とでも言いましょうか……人族を、恨んではいないの?」
パチっ、と一際大きく水分の弾ける音が触手から響く。
エステルは色々な感情を呑み込むようにゴクリと喉を鳴らした。
「ふむ……自分は、〈魔人〉と表現するべきだろうか。
この『触腕』も魔核によって生み出される自分の『本体』。ただ、自分は人種という生命、文化、嗜好、考えに興味が尽きない。知りたいと考えてしまう。この『欲』という感情を自分は素体の体で体験したい」
「つまり、魔獣ではなく『人』として生きたいと?」
スクイドの語りにどこかホッとした様子のエステルがピンクブロンドの髪を耳にかけながら問いかけた。
「ふむ……自分は、完璧ではないが素体が以前感じていた『感情』を記憶領域から呼び起こし感覚的に理解することができる。自分は、素体が求めている感情をできる限り追体験しながらその感情に従い行動したい、と考える。
怒りや不快感、恐怖には攻撃を持って対し。発情、情愛を持てば行為を求める。だが、素体には一定の『倫理観』が感情のブレーキとして備わっている。これも自分はできる限り守りたい。たまにわからなくはなるが」
「……それは、最早『人』といっても良いんじゃないかな? 少なくとも私は今の話を聞いてあなたのことを『人族のスクイド』として受け入れたいと思えました」
スクイドはエステルの『言葉』に言い表しようのない胸のざわめきと高揚を感じ、だが同時にそれを心地よくも感じた。
「スクイドは、人として生きて……どう、なりたいという希望や思いはあります?」
初めて名前を呼ばれた感覚にスクイドの感情は、まったく動かない表情筋とは裏腹に烏賊生史上最高潮を記録。瞬間、素体の記憶から最も強い感情が思い起こされた。
「帰りたい」
「え? 帰りたい? 海に、でしょうか」
「いや、素体の故郷……人々が武器を持たず、平和で、娯楽が溢れ、人種が自由を主張し自由に生きている。ここではない別の世界」
「ナニそれ私も行きたぁあいっ!!」
素体の感情的記憶に引きずられセンチな気持ちを体験していると、いきなり叫び声をあげたエステルにびくっと肩を跳ねさせ、スクイドは額から汗を流した。
「うん! 決めた。決めましたっ!!
スクイド、あなたは私の『近衛軍』になるべきです。いえ、絶対になった方がいいですっ!
そして、共に『王戦』を勝ち抜き、クソ雑魚兄姉どもを薙ぎ払い!私が女王となった暁には『世界評議会』から〈異世界召喚〉の秘術を引き出します!!」
スクイドはこの世に生まれ落ちて初めて『うわぁ』という感情的反応を理解した。
「そして、共に行きましょう! 斯くも魅力的な異世界へ!! 女王になった直後に王位を捨て、とんずら! ふふ、ふふふ! これです! コレこそ私的、究極のざまぁです!!」
独白を聞き流しながら良い感じに焼き上がった『ゲソ』をスクイドはエステルへと差出した。
「はっ、私のビジョンが完璧すぎて思わず白昼夢を——ん? えっとこの触手は? どう言う感情でこの焼いた触手を私に向けています?」
スクイドはこの騒がしい人種の美少女との出会いを少なからず喜んでいた。
素体の感情的記憶に引っ張られた側面も強いが『是非この美少女に初めての触手プレイを捧げたい』という思いを強く抱いてしまった。
「素体の故郷では、腹を空かせた相手に友好の証として自らの顔を千切り与え食べさせる子供向けの英雄譚がある」
「何の拷問ですか!? 子供向けって……勇者様の故郷、本当に大丈夫?」
一気に真っ青になったエステルの顔へずいっと『ゲソ』を向けたスクイドは深く頷き告げた。
「まずは友好の証として。捕食すると魔力も回復できる。エステル」
「ま、まじか……えっと、はい」
スクイドは初めて名前を呼ぶという行為に静かな感動を感じながらエステルを見据えた。
「配下となる提案を受けても良いと考えている。ただし条件として『触手プレイ』をエステルが女王になった時の報酬として自分に機会を。これは絶対に譲れない」
エステルは「うぐっ」と生汗をかき始め苦い音を口元から漏らす。
「しょ、しょくしゅって、あのウネウネが私のアレをアレしてアレにアレが——っ! だいたいアレをアレするってなに!? で、でも……このまま現時点で敗北確定な王戦で醜態を晒した挙句、ブタ貴族に嫁がされて好き放題されるよりは触手に弄ばれる方が幾分マシなのでは?」
エステルがどちらに転んでも悲惨な末路の狭間で右往左往しているのを感情のない瞳で見つめながら千切ってはその場で再生する『ゲソ』をスクイドは黙々と焼いている。
「——決めました。私も王族の端くれ……この身一つで我が国の憂を取払い、私の理想とする国家を目指せるのなら、捧げましょう! あなたの触手に私の全てをっ——んぐんっ!?!?」
少し冷めてしまった『ゲソ』の事を残念に感じながらスクイドは、どこかイラっとする口調で独白していたエステルの口に冷めたゲソを押し込む。
「……ふむ。契約成立と認識した。自分は今からエステルの配下となる」
「ゲソうんまぁあああっ!? えぇ!? なにこれ!! 普通のイカよりも濃厚で深みのある味っ、お城でもこの味は食べられないっ! って、再生してるぅううっ!? このゲソ食べ放題ですか?マジっすか!」
エンシェント・カオス・クラーケンは魔獣の中でも伝説的なユニーク個体であり、然るべき場所に足の一本でも素材として持っていけばひと財産築けてしまうくらいには希少ではあるが、そんなことを知る由も無いエステルはこの日から約一週間ひたすら『ゲソ』を貪った。