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第3話:烏賊、触手プレイに焦がれる

 スクイドはジッとエステルと名乗った素体情報でいうところの『美少女』、その破れた服の隙間から覗く柔らかそうな質感の肌を注視していた。


 瑞瑞しい素肌にふくよかな胸元。


 この触腕で握れば粉々に砕けてしまいそうな繊細でか弱い生き物に、触手を這わせ、吸盤で吸い付き、丁寧に丁寧に蹂躙してゆく。


 これぞ素体情報から得たスクイドが考える究極のお家芸、『触手プレイ』である。


 エステルという個体名の人種は素体の視覚に反応する感情的記憶情報から『最適』だと判断。


 地上の魔獣を食しながら、ついでに交渉を試みる。


「合意の伴わない触手プレイは単なる『犯罪』だと、素体の記憶が忌避するので、改めて依頼する。

 触手プレイをさせてもらえないだろうか」


「断固拒否です!その前に服を着てくださいっ!そんな格好でナニをぶちまけているのですかあなたはっ!?」


 取り付く島もない。そんな言葉が素体の記憶から思い起こされた。


「服か。素体情報から理解はしているのだが、何せ生まれてこのかた服を着るという行為をしたことがない」


「どれだけ壮絶な人生!? それとも先天的な変態!? いや、よく考えて私。触手プレイなんて意味のわからない要求を強要してくる全裸男。変態だ、こいつは変態以外の何者でもない」


 よく喋る生き物だ、とスクイドは初めて体験する美少女との会話に静かな感動を覚えていた。


 魔獣の中にも『人語』を操る生き物は存在するが、エンシェント・カオス・クラーケンであったスクイドは固有能力【鑑定】を得て知識を持ってからも『人語』で会話することはできなかった。


 未だにさえずっているピンクブロンドの美少女の声に少なからず煩わしさを覚え始めたスクイドは不意に視線をエステルの後方で横転している竜車、その脇で血を流し息絶えている人種数人へと向けた。


「ちょっと、話を聞いているのですか変態さん! あ、同乗されていた方々は襲われた時に……」


 スクイドの視線に気がついたエステルは「私にもっと力があれば」と鎮痛な面持ちで佇み、その横を抜けたスクイドは息絶えた人種の前に立ち、瞬間虚空から現れた触腕がまとめてそれらを掴み上げ大きく広げた口に、


「待った! え、いや待って待って? 何してるんですか? 


 ずっと気になっているそのウネウネ吸盤触手は、一旦置いておきます。一旦置いておけるような光景でもないですが私の脳内が情報を処理しきれないので、一度『ナニカそういう類もの』というカテゴリで暫定的に処理します。


 それよりも、変態さん? あなたは今からその方々をどうなさるおつもりですか?」


 混乱と焦燥を極めたエステルがスクイドの前に立ちはだかり行動の意味を問い詰める。


 対してスクイドは何の躊躇いも感慨もなく淡白に応えた。


「何とは? 捕食だが? 欲しいのだろうか? 確か、人種は同種を——」


「食べませんよ! う、うぇ……ちょっと想像するのもきついですね。

 というか本当にあなたは何者ですか!?助けてくれた事には感謝を申し上げますが、以降の言動と主に格好がヤバすぎます。さっきは棚上げしましたが! その卑猥な触手! ですよね! 禁忌指定魔法ですよ? 理解していますか?」


 目の前に立ちはだかるなりさえずりり続けるエステルに、いっそ潰してしまおうかという考えも浮かんだスクイドだったが『素体の感情パターン』的に忌避すべき行動だろうと感じ触手を納める。


「自分は素体の感情・感覚・思考を出来るだけ模倣したいと考えている。だが素体は最早魂レベルで崩壊しているため完全に『自我』を取り戻すことは不可能、いや既に死しているといっても差し支えない。

 あと、この触手は召喚魔法というより本体といった方が正しい」


「はい? 本体? 素体に模倣って……詳しい説明を求めます!」


「ふむ……説明か、その前に自分も一つ疑問がある」


 スクイドは地に下ろした遺体を指してエステルへと問いかけた。


「な、なんですか?」


 瞬きもなく見つめられたエステルは僅かに後退り顔を青くする。


「自分も人種の事はなんとなく理解している。だがわからないことも多い。


 なぜ、人種は捕食しないのに同種を殺す? 先ほどの魔獣は自然だ、腹と魔力を満たす為に弱い存在を殺す。


 同時に人種が人種を殺すことを忌避している事も知っている——だが、ではなぜ? 素体はこんなにも残忍に、魂までも殺されなければならなかった? 忌避しているのになぜ戦い殺す? 


 自分は、縄張りに入ってきた生き物を攻撃はする。


 だが、腹が満たされていればわざわざ殺したりはしない。

 人種の行動は知識を得るほど理解が難しくなる。美少女、美少女は自分の疑問に答えられるだろうか?」


 唐突に哲学的とも思える疑問を振られパキっと硬直したエステルだったが後半の問いかけには耳ざとく反応を示す。


「びしょうじょ? 美少女? 私のことですか?」


「ふむ、自分は美少女を美少女と呼んだ。美少女ではないのだろうか?」


「頭の先から足先まで紛うことなく美少女です! ええ、正解です! 大正解です!!」


 顔を真っ赤にしながらも鼻息荒く胸を張るエステルの気迫にスクイドは三歩下がった。


「いいでしょう……美少女のエステルさんが、あなたの疑問に答えます! なぜ、人が争うのか。考えてみればその通りです、確かに魔獣の方がよっぽどわかり易く自然ですね。


 魔獣は兄弟で王の座を巡って争い——はあるにしても、裏切ったり、罠に嵌めたり、七番とか出自とかの理由であからさまにゴミみたいな扱いはされないですもんね」


 スクイドは段々と萎れていくエステルの姿に『メンヘラ』という単語を思い起こした。


「まあ、結論から言うとですね。王が悪い! ですね。これにつきます」


 身も蓋も無い。新たな言葉がスクイドの辞書に素体の記憶から引き出された。


 陰鬱とした表情でその後も何事かをボヤきながらエステルはスクイドから僅かに視線を逸らし、布を数枚スクイドへと渡した。いつの間にかエステルも白いローブを羽織っている。


「とりあえず、これ。御者さんの荷物から出てきました、服です。あなたが相当に訳ありなのはわかりました。なので、ひとまず話しましょう。お互いを深く知る為に」


 スクイドはエステルから衣服を受け取り頷いた。


「会話にはとても興味がある。生まれてから美少女が二人目の話し相手だ」


「悲しすぎませんかっ!? 美少女、なのは間違い無いですが。

 私の名前はエステルです、あなたは? なんとお呼びすればいいですか?」


 初めての衣服に居心地の悪さを感じながらスクイドは応えた。


「自分はスクイド・ホオズキ、と名乗るべきだと考えている」


「え?」


 スクイドの胡乱な言い回しにエステルは困惑の表情を浮かべ、


「自分の個体名はエンシェント・カオス・クラーケンという。人種はこう言う時『よろしく』というのだったか? エステル・ソリテュード・ヴァン・フュングラム」


「は? エンシェ——って、何でフルネームバレてるっ!?  怖い! めっちゃ怖いこの人!!」


 十五歩程エステルは後ろに下がった。


 スクイドは【鑑定】を使用してエステルの情報は細部まで取得済みである。


 二人がお互いの素性を理解し合うまでこの後六時間ほど要した。


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