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第2話:烏賊、美少女とテンプレ遭遇を果たす

 とある事情により帰省していた東の大陸から〈キルクルス共和国〉のある中央大陸へと渡り、同大陸にある〈学園都市機構バベルディア〉へと戻るため『竜車便』を利用していた美少女。


 エステル・ソリテュード・ヴァン・フュングラムは突如襲いかかってきた魔獣〈ダークウルフ〉によってまさに絶体絶命の瞬間を迎えていた。


「——っく、『近衛軍』も配属されず、優秀な人材を確保する金貨も与えられないまま途方に暮れていた所でトラウマ呼び覚ましてくれる〈狼系魔獣〉の奇襲、ですか! 嗚呼、いいです。もうたくさんですよっ、こんな人生!!」


 腰に刺した両刃の剣を抜き構えたエステルは己の悲運を嘆くように魔獣を睨み当たり散らすが〈ダークウルフ〉は特に何の感情も覚えることなく牙を剥き餌の首筋をジッと見据えている。


「ですが……私には夢が、いいえ野望があります! このような所であなた方の餌になるわけにはいかないのです! って言っても人語理解なんて出来ないですよねっ! いいんです! 気持ちの問題ですのでっ!!」


 エステルは己を鼓舞する如く無駄に大きな声を張り上げ、手にした剣へと魔力を乗せる。


「【光魔法:付与:光刃剣】フュングラム王国第七王女エステルっ! 死地につき、推して参ります!!」


 王女の意味を問いただしたくなる程の覇気で男前な口上を述べたエステルが疾走。


 一番近くにいたダークウルフの首筋を斬りつけ絶命させる。


「どうですかっ! 磨き上げた私の剣技は——っつ」


 手に残るのは感覚。


 勢いのまま敵を仕留めた事に少なからず高揚感を覚えたエステルではあったが。仲間の犠牲すら好気とする狩人の目に諦めの様子は微塵もない。


 突如双方向から強爪が迫りエステルの腕を裂いた。


 咄嗟に体を回転させ躱わすも胸元の上質な布は突き破られ皮膚を大きく露出させてしまう。


「——っか、はあっ、はぁ、はぁ。落ち着いて、落ち着くの私」


 脳裏に蘇るのは、


 エステルは思わずその身を竦ませる。


 腕を伝い流れ落ちて出来た血溜まりが嫌というほど差し迫る絶望を現実として訴えてくる。

 エステルの瞳は既に寸前の死を見つめてしまっていた。


 そんな獲物の心折れた姿を嘲笑うかのように、ゆっくりとした足取りで血に飢えた獣たちがエステルの元へ集まってくる。


「——人相手なら、これでも、負けたこと無いんですけどね……」


 試合なら、そんな甘い『たられば』が通る状況では無いことはエステル自身理解している。


 視線の先には竜車を襲った魔獣の内エステルが倒したものの他に二匹——だけではなく、茂みの奥から他の個体に比べ一回り大きな〈ダークウルフ〉がさらに数を引き連れて姿を現し、エステルの口から諦観にも似た乾いた笑みが思わず溢れる。


「は、はは……こんな時は、どこからともなく颯爽と姫を救う騎士が現れるものじゃないんですか? 私の国に『騎士』はいませんけど。英雄譚は私をヒロインにしてくれないようですね」


 苦し紛れの自嘲がエステルの最後の力を緩め、瞬間、獣たちが飛びかかった。



「———っ、……お母様」



 ——グシャっとなにかが潰れる音。


 恐怖に目を瞑ったエステルが恐る恐る瞼を開く。


 白い、本当に全身真っ白な素肌の痩せ細った少年が一人立っていた。


 その姿は文献に描かれている〈勇者〉のような黒い髪。


 黒い瞳は金色の無機質な光を宿し虚にエステルを見据え、


「な、な……あ、ああ、ああああ、あな、たは」


 ふと視線を向ければ少年の背後、虚空より伸びた巨大なナニカがうねるように動きながらまとめて叩き潰したであろう魔獣の死体をズルズルと引きずり、虚空より現れた剣のような乱杭歯の突き出した円形の口のような場所に放り、ゴリゴリと咀嚼していた。


 異様で異質。とんでもなく不気味な光景。


 エステルの望んだ英雄譚の騎士とは似ても似つかない存在が目の前に立ち、


「……ふむ、素体の感情によれば自分にとって『美少女、剣士、姫属性』は好ましいようだ。よし、決めた」


「は、ははは、いや、なんで? なんで!?」


 この世のものとは思えない異様な存在感を放つ少年にエステルはワナワナと唇を振るわせる。


 少年もそんなエステルをジッと見据え何かを決断したかのような表情で口を開き、


「あなたは何で全裸っ、なのですか!?」

「触手プレイをさせてもらいたいのだが」


 二人の声が重なった。しかし互いの思惑はひたすらに混沌としていた。


「……」

「……」


 互いに二の句が告げず、絶妙な空気だけがその場に残り続けた。


 それからエステルが少年の異質さ、なんやかんやで命を助けられた事などを理解するまでに一時間ほどの時間要した。

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