最近では、こんな事があった。
亮太が高校の学食で、一人でランチを食べていた時である。いつもはクラスメートの数人とテーブルを囲んでいた。
しかしこの日は、4時限目の理科の実験に使用した用具を、準備室へ返す
昼の休み時間は50分である。校内における学生の昼食平均時間は約18分である。
食堂は昼休憩のチャイムから30分も過ぎると、空席が目立つようになる。
いつも真帆の周りには、素直な大人しい性格の女生徒が数人いた。彼女の洗脳する癖や気性の激しい性格ゆえである。
真帆の食事方法は、いつも
真帆は窓際の離れたテーブルから、亮太が2杯目のご飯をおかわりしてから、出入口に近いテーブルに戻るまでを目で追っていた。
そしてトレーを持って、取り巻きたちに目配せをして、ひとり席を立ち、亮太に近づいてきた。
真帆は亮太の目の前で立ち止まった。彼のトレーに置かれた超大盛ライスを、ガン見した。
「それで足りるの?」
真帆は聞いた後に、鼻で笑った。
亮太は、そのからかい半分の質問に頷いた。
真帆さんの鼻で笑う態度は
真帆は、大食いをする人間を軽蔑していた。1日に必要な摂取カロリーを超えることが
その上、自分が小食であることに誇りを感じていた。
真帆は普通の女子高生である。
同年代の誰かが、彼女の心の中を知ったところで、特に驚きはしないだろう。世間には、この程度のこだわり、あるいは執着心を自分の気持ちの中に、キープしている高校生は一定数いるものである。
僕は真帆さんの意地悪な問いかけに頷いてはみたものの、本当はもっとごはんを食べたいんだ!
幼少の頃から食欲が並じゃないと、近所の大人たちに言われてきた。
大食いがエスカレートしてしまい、それを知った近所のお節介なおばあちゃんが調子づいてしまい、勝手にテレビ局に応募して、ぜひ出ませんか?ということになり、そのおばあちゃんと一緒に、生放送に出たこともあり、そこでの大食い大会において、特別賞をもらった経験もあった。
子供に大食いなんて、現在ならば虐待沙汰である。
最近は抑制して食べているせいか、周囲に騒がれなくなった。
よく痩せの大食いとか言われたが、そんなことを言われても嬉しくはなかった……
でも食べてしまう。
圧倒的に、量が足りない。
亮太は自分の並ではない食欲が、この先、前田一家の家計を傾けるくらい深刻になることを恐れていた。
まだそんなことになってはいないのだが……。
自分の育ち盛りを呪うこともあった。
「そんなに食べるのに、なんで太らないの?」
真帆は言った後に、また鼻で笑った。
「いまのところ、健康です」
亮太は、真帆の顔を見上げて言った。この会話を終わらせたかった。
また伏し目になり、ライスを食べ続けた。
真帆は、その彼の態度にイラっとして真顔になった。
「リスキーだな」
彼女は無愛想に言った。
近所だし、可愛いし、小学生の頃から遊んでやっていたのに、亮太はいつも私を見る時、伏し目がちになる。
それは照れているからではないのは分かっている。
けっしてこいつの態度が悪いわけではない。
私の何が気に入らないというのよ。
私はモデル事務所にスカウトされるくらい美少女なのに。
アンタはしょせんはヘタレのイケメンだ。
生意気なヤロウだ。
チクショー!
私は幼少の頃から、ママに言われてきた。
年上なんだから、近所でも学校でも周囲の年下の子供たちには目を配るように言われてきた。
ママはアルコールと微笑みを
分かってるつもり。
サービス業は好感度が大切。
腹の中では、うちの長女は優しくて美人なのですと言いたいところなんでしょ。
はいはい、分かってるわよ。
私には種違いの妹もいるし、そいつが外敵からいじめられないように、気をつけているんです。
だけど……この妹の
異父姉妹だけどね……その上、この種違いは憎たらしいぐらい美人なんだよ。
チクショー!!
亮太と麻衣はいいコンビだよ!!
真帆は家庭でも学校でもどこでも、母親の監視のもとに、長女であるというストレスを抱えていた。
これも最近ではあるが、こんな事もあった。
真帆の言動に、亮太が痛く感じているように、周囲はそれを虐めとは感じてはいないようだ。周りの大人たちが物事の上っ面しか見ていないことは、よくあることである。
その日も亮太は昼食後に、芝生の上に仰向けになって、
「アンタのいびきが、向かいの女子高にまで聞こえて、迷惑しているらしい」
セリフが伝聞調だった。亮太は不覚にも、そのセリフ回しに一瞬笑ってしまった。
「そんな苦情が来る前に、僕が自分の大音響のいびきに目を覚ましてしまいます」と口には出さずに、目まぐるしく昼ご飯を消化している腹の中だけで思った。
真帆は亮太よりも、年齢が2才上である。
心の中で、つぶやくセリフさえ敬語になった。
僕はその女子高までの光景を、薄目を閉じて想像してみた。
ここから向かいの幹線道路と、その向こうにある女子高の校庭をはさんだ女子高の校舎までの距離は、ざっと見ても200mはあった。
やはり、僕にはあそこまで
それにあの女子高を向かい側というのは遠すぎると思います。
亮太が、うたた寝から目を開けると、すでに真帆はいなかった。
ちなみに僕はいびきをかいたことはない。
確認のために、それを家族に聞いてみたが、僕のいびきを誰も聞いたことがないそうだ。
もちろん僕も聞いたことはない。
世間には自分のいびきで目を覚ます人がいるというが……。