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後編

 困惑するベアトリスを見下ろし、ルカは肩をすくめた。

「先の通り、悪魔は精神的な打撃により弱体化する。なにせ連中は魂に近い存在だからな」

「そう、なのですね」

「つまりベアトリス嬢の言葉責めは、悪魔祓いにとって喉から手が出る程欲しい才能なんだ」

「……そう、でしたか」

「ああ。眉一つ動かさず、連中の言葉に一切なびかず、淡々と責める姿は爽快だったよ」

「それは……恐悦至極……に存じます?」

 さしもの鬼メンタル令嬢も、つい疑問形になる。毒舌ぶりに眉を顰められこそすれ、ここまで賛辞されたのは人生初なのだ。そりゃ疑問符も付く。


 そんなベアトリスへ、ルカは更に迫った。やり口が悪魔に近い気もするが、気のせいだと思いたい。

「ちなみに私と共に悪魔祓いに従事してくれるのならば、教会でもそれ相応の地位や待遇を保証しよう」

「いえ、わたくしは地位や名誉にはさほど……」

「人間界に不法侵入するなどという、舐めた真似をする悪魔の調伏は――さぞかしやり甲斐があると思わないか?」

 この悪魔めいた枢機卿の甘い囁きが、侯爵の生き写しと呼ばれる勝気令嬢の心にぶっ刺さった。

 人間を舐めた連中の心をへし折る――それは確かに魅力的な仕事だ。


 ベアトリスの赤い瞳が、キラキラと輝き始める。

「……一度、父も交えて詳しくお話を伺っても?」

「ああ、無論。ついでに兄上も引きずって来よう」

 一層嬉しそうに笑ったルカが、兄こと国王陛下も巻き込むことを請け負った。



*******



 悪夢のような舞踏会から、一ヶ月が過ぎた。

 王家よりベアトリスとフリオ第一王子の婚約破棄ならびに、フリオの廃嫡が正式に発表された。


 なお色ボケ王子は、なんとも迂闊にも浮気相手のダナと既成事実を作っちゃっていたため、そのまま彼女の生家である男爵家に婿入りするとなった。

 持病の胃炎の治療のため、舞踏会も欠席していた男爵は寝耳に水過ぎる通達を受け、思い切り吐血したという。


「グホァッ……我が子の愚行、死んでお詫び申し上げますぅぅぅ!」

と、血を吐きながら平伏する男爵の迫力は、さしもの国王陛下もドン引きする凄惨さだったそうな。

 ただ男爵の吐血現場に居合わせちゃったフリオとダナも、さすがに己らのやらかしに気付いたらしい。

 男爵の血をぶっかけられて猛省した末、今は甲斐甲斐しく彼の看病に励んでいるという。


 そしてもう一人の当事者であり、悲劇のヒロイン……と呼ぶにはたくまし過ぎるベアトリスはというと――

「シシシ……お前の秘密を知っているぞよ、ベアトリスよ。平民上がりの女に、男を寝取られたぞよ?」

「あら。それは秘密でも、何でもなくってよ」

 血走った眼で真っ黒なヨダレを垂らす、ザ・悪魔憑きな少女と相対しながら、冷めた目を向けていた。


 彼女が身にまとっているのは真っ白な法衣であり、胸には太陽を象った金のブローチが煌めいている。教会の紋章だ。さながら白薔薇のような出で立ちだ。


 わずかな動揺すらない彼女の立ち姿に、少女に乗り移った悪魔がたじろぐ。

「ひ、秘密でないなどと強がりを――」

「いいえ、周知の事実ですもの。国民なら幼子でも知っていますので、秘密ではございませんわ。わたくしの秘密をご存知というのなら、わたくしの嫌いな食べ物ぐらい調べてらっしゃい」

「シギギ……」

「それより、あなた。その風変わりな喋り方は何ですの?」


 ベアトリスの細い指がビシリ、と悪魔に向けられた。

「語尾に『ぞよ』を付け、『シシシ』や『シギギ』等と鳴く方に、初めてお目にかかりましたわ。どのような半生を送れば、『ぞよ』なる奇怪な語尾にたどり着けますの? 後学のために教えていただけませんこと?」

「シギッ……」

「それとも、ただの個性付けのための語尾でして? まさか無理をなさっていらっしゃるの?」

「あ……うっ……」

「あらあら、はしたない。淑女が足を開いて座ってはいけませんわ」

「シギィ!」


 ベアトリスは流れるような仕草で、M字開脚されていた少女の足をロザリオで縛り上げる。たまらず、悪魔は悲鳴を上げた。

 白い光に包まれた少女が失神すると、口からデロリと黒い粘液が流れ出る。

「よし、確保するぞ」

「はい!」

 背後で待ち構えていたルカとその部下が、粘液状の悪魔をモップで掃いて袋に詰め込む。袋には神聖文字がビッシリ刺繍されていた。


 案外あっさりと侯爵のお許しも得たベアトリスは、悪魔祓いとしてバリバリ活躍していた。おそらく天職であろう。

 満ち足りた表情の彼女が失神した少女を助け起こしていると、悪魔を収納し終えたルカがそれを手伝う。ヒョイと少女を抱え、ベッドへ寝かしつけた。


「ありがとうございます、ルカ様。力持ちでいらっしゃいますのね」

「悪魔祓いは体力仕事だからな。ところで、ベアトリス嬢の嫌いな食べ物は何なんだ? 後学のために教えてくれないか」

 どこか楽しげな王弟に、ベアトリスは若干うんざりした顔を向ける。そのうんざり顔すらルカは面白がっているため、また腹立たしい。


「……貝ですが。砂入りの貝を噛んだ時の、あの歯触りが許せませんの」

「そうか――クラムチャウダーが美味しい店があるんだが、今度行かないか?」

「行きませんし、貝を食べる気もありませんわ」

「いいや、行くべきだ。あそこのクラムチャウダーは一味違うから、貴女もきっと気に入るだろう」

「貝嫌いにとっては、どのお店のクラムチャウダーも等しく毒物ですわ」


 ベアトリスは新しい職場を謳歌していた。一応王弟かつ枢機卿でもある上司に、思い切り毒づける程度には。

 そんな怖いものなしの彼女が「悪魔の天敵」「幾万の罵詈雑言を操る国の最終兵器」と呼ばれるようになるのは、そう遠くない未来の話である。

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