「はい質問、先生は45歳より上ですか、下ですか? ちなみにこれ、オレの母ちゃんの歳です!」
そう甲高い声を出したのはおしゃべりチビ野郎の異名を持つ健太だ。
さすがにそれより下ってことはないだろうけど、一応先生の反応を待ってみる。
「もちろん……」ここでちょっと間を置き、先生は古くささ全開のダブルピースを出してから言う。「し・た・で〜す!」
「ええーっ、うそだろ」
「オーマイガッ!」
みんな、失礼ということも忘れて正直すぎるリアクションをしてしまう。
でも先生はまったく怒るそぶりもなく「あら私、そんなに老けて見えるかしら?」なんて笑ってる。
それにしても45歳より下だなんて、ビックリを通り越してちょっぴりショック。
だって私のお母さんより年下ってことになるもの。
隣の席では歳の離れたお兄ちゃんのいる武史が、無言のまま貧乏ゆすりしている。
授業参観のたびに、お母さんが高齢ってだけでイジられてるんだから無理もない。
ほかのみんなも先生と親とを比べて、自分のちっぽけな常識ってやつと格闘してるのかもしれない。
ここでクラス1の人気者、優斗が手を上げた。
「じゃあ先生は44歳ですか?」
ナンバー2の雅也だって負けてはいない。
「いや、43かもしれないぜ」
二人の発言を受け、先生はまだまだ余裕といった様子でこたえる。
「もっと下ですってば」
「するってえと30代って事もアリか」とひとりごとを言ったのは時代劇好きの俊介。
それに対し、先生はかなり微妙なギャグで応戦してくる。
「アリもアリ、オオアリクイです」
「あははは……」
さざ波のように広がった愛想笑いがおさまったところで、私も思い切って発言してみた。
「はい、39歳だと思います」
「私は38歳!」サクラもすぐ後に続く。
だけど先生は手のひらを上に向け、やれやれといったジェスチャーで呆れ顔。
「お嬢さん方、そんなにチマチマと数字を下げてたんじゃ日が暮れちゃいますよ」
この強気な発言に刺激されたのか、無関心を装ってた中学受験組もたまらず手を上げ出した。
「じゃあ、思い切って35歳!」
「いんや32歳だ」
数字は売れ残り商品の叩き売りみたいに、どんどん下がってく。
先生はそのつど「まだまだ」とか「もう一声!」なんて、嬉しそうにみんなを煽ってみせる。
こうなると、本当の年齢なんてどうでもよくなってくるのは私だけじゃないだろう。
ハズレと思ってた先生が実は大当たりで、バラバラのクラスを今、こうして一つにまとめ上げてくれてるんだもの。
私はみんなの弾けんばかりの笑顔を見ながら、このお祭り騒ぎがいつまでも続くよう強く願った。
ところがどっこいである!
この流れを一瞬にしてせき止める、とんでもないモンスターが現れたのだ。
「……あの、もしかして先生60歳だったりして」
蚊の鳴くような声でそんな爆弾を放ったのは、宇宙一空気を読まない女こと絢香だ。
これにはクラス中がブーイングの嵐。
「ちょっと絢香、何言ってんのよ」
「今までの流れわかってる?」
この程度のツッコミで済ます女子なんてまだいい方だ。
男子たちは待ってましたとばかりに、容赦のない集中砲火を浴びせる。
「んっなわきゃねえだろ」
「60っていったら、赤いチャンチャンコ着る歳じゃねえか」
ドSの陸なんか、丸めた教科書をトントン壁に打ち付けながら凄んでくる。
「意外と若いってヒントはどこ行ったんだよ、あ゛? お前、文章問題できねえだろ、あ゛?」
それからしばらく沈黙が続いたところで、太一がボソッとつぶやいた。
「あ、泣きそうじゃん」
その言葉を受け、絢香はこらえきれず声を上げて泣き出した。
おさげ髪から見える耳は、完熟トマトみたいに真っ赤だ。
「あー、太一が泣かした」
「ちげえよ、お前だろ」
「オレじゃねえよ」
とうとう男子は小競り合いを始めた。
「絢香、大丈夫?」
「泣かなくったっていいからね、ガンバ!」
女子たちは手のひら返しで優しくなるけど、それがまた絢香の気持ちを逆撫でしたようだ。
ますます肩を振るわせ、犬の遠吠えみたいな声を上げる始末。
もうこうなったら、ベテラン教師である守谷先生の采配に期待するしかない。
だけどそう思って先生の方を向いた瞬間、私は金縛りにでもあったかのように固まってしまった。
さっきまでの和やかな表情とは打って変わって、先生の顔が能面みたいに無表情になっていたのだ。
これには誰もが得体の知れぬ恐怖を覚えたようで、クラスは再びシーンと静まりかえった。
さすがに絢香も、その異様な空気だけは感じ取ったらしい。
泣き声のボリュームはだんだんと下がっていき、ついには苦しそうな息遣いだけが教室に響き渡った。