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竹本りえ(小六)の手記
竹本りえ(小六)の手記
水木花子
文芸・その他ノンジャンル
2025年01月20日
公開日
3,957字
連載中
守谷先生が巻き起こす前代未聞の騒動を、6年2組の豚鼻コンセントこと竹本りえは詳細に記録していた

《守谷先生、登場》

 こんなおばあちゃんみたいな人が担任だなんて、最後の一年で思いっきりはじけるつもりだった私たちにとっては最悪の事態だ。

ベッタリとした髪、ゴツい肩のスーツ、年季の入ったヨレヨレの上靴、そのどれもが見事なまでにグレー一色。

 5年の時のイケメン担任、酒井先生が素敵すぎたこともあって、この急激な落差にクラス全体がどんより沈んでくのがわかる。


 さっきからモゴモゴと聞き取りにくい自己紹介をしてるけど、その内容はあくびが出るほどありきたりで、ムダに長い。

 この調子じゃ授業だってつまんないだろうし、教えかたもヘタクソに決まってる。


 同じように思ったのか、クラスに何人かいる中学受験組は早くも先生を見かぎり、机の下に塾の問題集を広げ出した。

 前の席の亜美はいつもの目が大きすぎる女の子を落書きしてるし、クラスの問題児、拓也なんか、ちぎった消しゴムをあちこちに飛ばしまくって堪えようのない退屈さをアピールしてる。

 そういう私だって、ノートにこんなことを書いて暇つぶししてんだから、先生の話をまともに聞いてる人間なんてもはや誰一人としていないだろう。


「でもね、こう見えても私、意外と若いんですよ」


 教室の空気がピリッと引き締まったのは、いきなり先生がこんなことを言い出した瞬間だった。

 あちこちに散らばってた視線が一斉に教卓へと注がれ、クラスは水を打ったように静まり返った。


「あの、それじゃ……、本当はどんくらいなんですか?」

 さすがに年齢をあけっぴろげにきくのはデリカシーがないと思ったのか、いつもはお調子者で通ってる翔太もちょっと遠慮ぎみに質問した。

「さあ、どうでしょう。みなさんも一緒に私の年齢を当ててみてくださらない?」

 ここで先生が初めて親しみやすい笑顔を見せたから、教室はたちまち休み時間にでもなったかのような騒ぎになった。


 私も何だかおもしろくなってきて、後ろの席のサクラと相談しはじめた。

「さすがにウチらの両親より下ってことはないよね」

「まさか」慎重な性格のサクラは、もう一度先生の姿を確認してから言う。「だって、あの感じだよ」

「だよね。でもわざわざ私たちに当てさせるってことは……」

「ひょっとしたらひょっとするのかも!」


 そうこうしてるうちにクラスのざわめきは隣のクラスにまで達し、1組のイキリゴリラが怒鳴り込んできた。

「ゴラァ、静かにしろ!」

 お腹に響くドスの効いた声は、たちまちクラスをシーンとさせた。


 あ、念の為に書いておくと、イキリゴリラっていうのはあだ名職人の瑛人が1組の中島先生につけたあだ名。

 見た目もさることながら、一度スイッチが入ると興奮したゴリラそっくりになるからって理由らしい。

 私につけた豚鼻コンセントみたいに、中には首をかしげたくなるのもあるけど、このあだ名だけはピッタリだってみんなからも評判だ。


で、そのイキリゴリラ、第一声のあとに何か言おうとしたみたいだけど、すぐにバツの悪い顔になってしどろもどろ……。

 というのも、すぐ目の前に守谷先生が立っていたからだ。


「あ、先生、いらしたんですか。てっきり私、自習にでもなったのかと思いまして」

 一方の守谷先生は特に驚いた様子もなく、おっとりとした口調のままだ。

「あら、中島先生、どうもすみません。ちょっと盛り上がりすぎてしまいましたね」

 それを聞いてゴリラはチラッと私たちを見回し、わざとらしく小声になった。

「私、前にもこの学年を受け持ったことがあるんですけど、特にここのメンツは厄介なのが多いんですよ。なのにもうこんなに打ちとけるなんて、さすがは守谷先生だ。ベテランの貫禄ってやつですね」

「いやですわ。私なんて中島先生よりもまだまだヒヨッコですのよ」

 そう言うと先生は片手で口を覆いながら、もう片っぽの手で中島先生の肩をチョンと突っついた。


 その仕草がいかにも古くさくて、サクラと思わず顔を見合わせた。

「今の見た?」

「見た見た。ウチのバアちゃんが見てるドラマにもあんな人いた。昭和のやつ」

 こういうちょっとした動作に年齢って出るもんだけど、先生は本当に見た目よりずっと若いのだろうか。

 私たちの頭はますます混乱してきた。


「もうちょっとで終わりますから、どうかお許しくださいね」と守谷先生。

「いえ、こっちこそすみませんでした。もうジャンジャンやっちゃってくださいよ、ハッハッハ」

 中島先生が戻っていったところで、守谷先生はないしょ話でもするように、手を口にあててささやいた。

「ウフッ、叱られちゃいました。みなさん、もう少しお静かにね」

 そのおどけた言い方が私たちのツボにはまり、またドッと笑い声があふれかけた。

 けれど、先生が人差し指を口にあてたのを見て、みんなはきちんと調教されたサルみたいにたちまち静かになった。

 これぞゴリラの言う、ベテランの貫禄ってやつだろう。


「おもしろい先生だね」

 私が耳打ちすると、サクラもうなずいてみせる。

「言葉もていねいで優しそうだし、私たち、守谷先生のクラスでラッキーだったのかも」

 ほかのみんなも、先生がユーモアあふれる魅力的な人物だとわかってホッとしたみたい。

 こうしてまた話題は、先生が一体いくつなのかということに戻っていった。

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