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翌日、シルファー殿下の査察団一行は、ロスシルド領の普請工事の現場に向かっている。
一方、ハルコンとミラは、午後に査察予定のシルウィット領の現場に直行していた。
でも、ハルコンとしては、他領の様子も大変気になるところだ。せっかくだから、殿下の侍女セロンに思念を同調させて、向こうの様子を観察しようと思った。
数刻程経過した後、殿下達がご覧になられたのは、とにかく作業人員でごった返す過密な現場だった。
とにかく、旧式の道具のみでひたすらマンパワーに頼って掘り進むという、かなり手際の悪い工事。
セイントーク領の現場が完了している噂を聞き、工期圧力を現場に必要以上に迫る技官達の悲鳴。不満そうに働く作業員達の群れ。
さすがのハルコンも、その様子を見て、これは酷いねぇと思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「ねぇ~っ、どうしたのハルコン? 何かうんざりした顔をしてるよ?」
ミラが不思議そうな顔をして訊ねてくる。
ハルコンとミラの目前の現場は整然としており、人員が適材適所に配置されていて、極めて合理的だ。
対岸には、殿下の午後の到着を前に現場の指揮を執る、ローレル卿と家臣団の一群が見られた。
「うぅん、何でもないよ。殿下が査察に向かわれたロスシルド領の現場が、ちょっと気になっただけさ」
「ふぅ~ん、そうなんだ」
ハルコンは、ひとつ頷くと、再び殿下の侍女セロンに思念を向け始めた。
遅々として進まない現場に、ロスシルドの技官は苛立ちを隠せない様子。
中には仕事のハカがいかない若年層や高齢の作業員達を鞭で脅したり、逆に強面の輩を宥めすかしたりする技官もいた。
とにかく、早く工事を終わらせようと躍起になっている有様だが、……いやぁ~、これは酷いブラック現場ですなぁと、ハルコンの眉間の皺がますます深くなる。
「まぁ、これが通常の工事なのですが。昨日のセイントーク領を見た後では、いやはや……」
査察団の技官が、現場の酷さに圧倒された殿下の気持ちを汲み取るように、正直に感想を述べているのが印象的だった。
「ロスシルド領は大体ワカりました。ですから、午後はシルウィット領の現場に向かうことにしましょう! ハルコン様とミラさんもお待ちなそうなので!」
シルファー殿下はそう仰って、査察団に向かってにこやかに微笑まれるが、疲労の色は隠せない。
侍女セロンの目を通して、殿下、大変お疲れ様でございましたと、ハルコンは心からそう思った。