どうやら、最近ミラに縁談の話が持ち上がっていたらしい。
相手は隣領ロスシルド伯長男ノーマン。アイツに一方的に見染められてしまったことを、ミラが苦々しく教えてくれた。
まぁ、ミラは東方3領でも際立つ美貌の持ち主だ。怖れていたことが、ついに起こってしまったと思い、ハルコンも思わず顔を顰めた。
「とにかく、貴族家としての家格の差もあるからさ」
「なら、シルウィット家の方から一方的にロスシルド家にお断りを伝えることなど、とてもできないワケだね?」
「うん」
ミラは、辛そうに頷いた。
「だから、話を出してきたロスシルド側で、この縁談を撤回して貰えるとありがたいと?」
「うん、そういうこと」
その場合、ノーマン程の少年に、ミラは家格から言っても相応しくないから、この話はなしにしましょう。そういう形にして貰うのがベストだということか。
まぁ、ミラも貴族家の子女だから、望まぬ婚姻も当然覚悟しているのだろう。
ただ、それにしても、……このノーマンとだけは決して結ばれたくない、というのが彼女の本音のようだとハルコンは思った。
「大体さぁ、ハルコンとあれだけ仲がいいのに、父上はどうして私の気持ちを汲み取ることができないのかしら?」
恨み言を、ぽつぽつとハルコンに告げるミラ。
その表情は今にも泣き出しそうな程で、グッと気持ちを堪えていた。
「ミラ、……」
どう言って彼女を慰めるべきか、言葉に窮した。
「この前ね、ロスシルド邸で茶会が開かれてさ。とりあえず、そこでノーマンと話だけでもしてみたの。でもさっ、やっぱり予想どおり、ノーマンの相も変わらず知恵の回らない子供じみた言動の数々!!」
「うん」
「あぁっ、もうっ、ウンザリだわっ!!」
思わず天を仰いで、声を張り上げるミラ。
「ミラは頑張ったんだね」
「そりゃそうよっ! 私ね、ノーマンが偉そうにハルコンの悪口を平気で叩くのが許せなくてさ! アイツをこの手で何度打ちのめそうと思ったことかっ! あぁーっ、もぉーっ、腹立つぅーっ!!」
「でもさ、ミラはいい子だから、……ローレル卿のため、お家のためを思って、グッと堪えて笑顔を浮かべていたんでしょ?」
「まぁね、……」
ミラはシュンとした顔をして、黙ってしまった。
後で他から伝え聞いた話によると、ロスシルド家の当主ジョルナムは、ミラにこう言い放ったそうだ。
「ただ顔がいいだけの、ニコニコするしか取り柄のない、つまらない娘であるな!」と。
いくら温厚なハルコンでも、大好きなミラを侮辱するその言葉に、相当くるものがあった。