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「民が救われるのなら、それでいい、……私はそう考えております」
父カイルズはそれだけ言うと、王や宰相にニコリと笑った。
「まぁ、確かに。なぁ宰相よ、其方はこれについてどう思うか?」
「陛下、私なら実力行使に出るところでございます」
「と、いうことなのだが、……。して、カイルズよ。これからオマエはどうするつもりだ?」
王ラスキンの問いかけに、カイルズは静かに頷いた。
確かに、ジョルナム・ロスシルドは悪意を以てセイントークの先進的な技術を模倣したり、盗んだりを繰り返している。
もしカイルズがそのことに苦言を漏らせば、ジョルナムは直ぐにやり返してやろうと意気込んでいることを、ハルコンは大店の商店主の思念に同調させることで、既に掴んでいた。
「我々王侯貴族というものは、……舐められたら、それで終いよな?」
王の言葉に、宰相も頷いている。
「ロスシルド領の民も救われるのなら、それで構いません。私からジョルナム殿に訴えを起こすつもりはございません」
「利益が目の前からドンドン食われていくんだぞ! 不愉快に思わないのか?」
「構いません」
カイルズは、変わらずニッコリと笑みを浮かべた。もうこれ以上の追及はムリといった空気が、室内に流れた。
「カイルズがそう言うのなら、これ以上横からとやかく言うまい」
王は、やれやれといった調子で、ため息を吐き、ちらりと宰相を見やった。
「ならば、一度話を変えましょう。女占い師殿、ロスシルド領は隣国コリンドと国境を多く接している。その領都には人や物の流通も多く、ファイルド国の中でも際立って大きな街を有している。だが、ロスシルド領がファイルド国とコリンド国との争いの際、戦火を交えたことは一度もない。そのことをどう思うかね?」
宰相が、穏やかな口調で訊ねてきた。
「そうですわね、……戦後復興とも無縁で、焼け崩れた建物もなければ、戦災孤児がいるワケでもありません。更に、ロスシルド領には、隣国コリンドに物資や技術を流して利益を生み出す経済環境が、既に出来上がっているといっていいでしょう」
「つまり、改めて問うのだが、……ロスシルド領は、ファイルド国に謀反を行っているということかね?」
「はい。仰るとおりです、宰相様」
宰相は王の表情を窺った。すると、
「さて、……どうしたものかね」
王は顔を顰めて呟くと、そのまましばらく黙ってしまった。
ハルコンは、女盗賊がロスシルド領の国境付近に配置した斥候から齎される情報を通じて、それらの情報を得ていた。もちろん、カイルズも女盗賊から詳細を聞いている。
会合にしばしの沈黙があった後、王は再びカイルズに問うた。
「ふむ、……カイルズよ、こたびの件、通常ならロスシルドの背信行為を断罪すべきところだ。このまま、何もしないワケにもいくまい。さて、オマエならどう処置するかね?」
カイルズは、しばらく悩んだ表情を浮かべていたが、こう切り出した。
「当面の間は、ジョルナム殿を泳がせることにすればよろしいかと」
王と宰相は、カイルズのその言葉に、真意を探るように身を前に出した。