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14 複式簿記と算盤、それと華道_05

   *          *


 ハルコンは、おそるおそる女神様の顔色を窺った。その表情は慈愛と知性に溢れた優しそうな笑みを湛え、思わず息を飲んだ。


「それでは、お訊ねしたいことがいくつかあります。女神様、ホンとにお訊きしてよろしいのでしょうか?」


「えぇ、構いませんよ。そろそろ晴子さんも、地球に残してきたご家族やお仲間が、今どうされているか、気になる頃でしょうからね」


「はいっ、仰るとおりです。皆さん、お元気にされてますか?」


「晴子さんのご家族は、皆さん元気にやっておられますよ。定期的にアイウィルメクチンの特許のお金が入ってきますので、生活も安定していますしね。放火された大学の方は、事件後、アルメリア合衆国の医療財団から多額の寄付金が送られて、現在、新校舎を何棟も立てておりますね」


 とりあえず、金銭的には問題なさそうだなとハルコンは思った。


「研究室の皆さんは、今どうされてますか?」


「事件後、研究室は解散しました。今のところ、アイウィルメクチンの研究は、アルメリアのハルベルト大学の研究室が引き継いでおりますね」


 女神様は表情を少しだけ曇らせると、「まぁ、……あの国ですしね」と付け加えた。


 つまり、日本からアルメリアに、私がいなくなったことをこれ幸いに、研究がみすみす奪われてしまったワケなんだなぁとハルコンは思った。


「やはり、……そうなりましたか」


 ハルコンは、悔しい気持ちでいっぱいになった。思わず顔を顰めると、苛立ちを隠せずに、その場でしばしの間、頭を掻きむしった。


「でもね、……実は、上手くいってないみたいなんです」


 女神様が静かな調子でそう仰ると、ハルコンは頭を掻きむしるのをピタリと止めた。

 それから、我が意を得たりとばかりに、パッと仰ぐと、


「でしょうね。アイウィルメクチンをエリクサー足らしめる、試薬Aを私は封印しておりますからっ! クククッ、ハハハッ、ざまぁ見ろってんだっ!」


「まぁっ、晴子さんらしいですねっ! アハハハッ」


 女神様も一緒にお笑いになる。ハルコンは、胸のつかえが取れたような気がした。


「なら、アイウィルメクチンは、……まだ実用化されてないんですね?」


「はいっ。必死になって、試薬Aを探しているみたいですけど。ホンと欲に眩んだおバカさん達ですよねぇーっ!」


 女神様の頭の悪い子を嗜めるような調子に、ハルコンも力強く頷いた。


「つまり、……私はアイツらの欲のために、むざむざ殺されたと。私を殺したのは、アイツらの依頼を受けた殺し屋のNPCだったということですね?」


「そうなります。殺し屋は依頼を受ければ、正義など関係なく、ただ実行に移るだけですから。今回それが、……私の設置したNPCだったということになります」


 ハルコンは、ここで次の質問をすべきか一瞬躊躇した。でも女神様を見ると、笑顔で頷き返してこられた。それで、ハルコンは覚悟を決めた。

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