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しばらくして、隣領のシルウィット家でも複式簿記が導入された。
すると、領内の農産品の数量を虚偽申告していることや、更には横流しが常習的に行われていたことまで発覚してしまった。
今回の件で、不正を働いていた貴族出身の代官数名を、懲戒解雇することが決まった。
また、不正を行った役人達と一部の商人との間で賄賂が横行していたため、これも今後一切禁止となった。
その決定を不服とする者も数多くいたのだが、そういった反乱分子は一級剣士が睨みを利かせたおかげで、直ぐに鎮圧されたとのこと。
ハルコンがミラから聞いた話によると、シルウィット領が傾く前に、巣食ったシロアリ達を一斉に駆除できたので、当主のローレルは漸く一息吐けたらしい。
代わりになる人材は、今後領民から募って、身分に関わりなく採用する予定とのこと。
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現在、大店の中年商人により、セイントーク領の特産品は大いに販路を拡大している状態にある。
領内の産業が強化されたことで、セイントーク領はシルウィット領と共に発展著しい。
すると、……いつしか、その特産品の陰にハルコンありと噂されるようになる。
近隣の貴族達の耳にも噂が届き始め、その娘達から猛アタックを受けることになる。
私も一応貴族の末席にいる者だから、こういったお近づきの誘いを無碍にするワケにもいかないんだよなぁ。
ハルコンはそんなことを思いつつ、今日もどこぞの貴族令嬢に愛想笑いを浮かべていた。
そんな風に日々を過ごしていた頃、突然、夜更けのハルコンの許に、とある方が訪れた。
「ハルコン君、お元気にしてるかしら?」
たった一人だけ、家族が寝てしまってもなお研究室で作業を続けていたハルコン。久しぶりのご訪問に、思わず相好を崩した。
「お久しぶりです、女神様。変わりなくお美しゅうございますね?」
ニッコリ笑顔のハルコン。
「あら、ハルコン君! 最近はおモテになられて、随分口がお上手でありますこと!」
「ハハハッ、まぁそうですかね?」
「はいっ、それは必ずしも悪いことではありませんよ」
女神様もニッコリと微笑まれた。
彼女には4人掛けのテーブルの席に着いて頂き、ハルコンは直ぐに紅茶の準備を始めた。
「女神様、……今日は、一体どうされましたか?」
「えぇ、晴子さん。あなたも私にお訊ねになりたいことがあるのではと思い、こうして訪ねたところなんですよ」
ハルコンはしばしの間、女神様の言葉どおりに素直に応じて、質問をしてもいいのだろうかと、自問自答する。