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先日、ハルコンは複式簿記の導入に合わせて、新たに計算器を製作することを周辺に伝えていた。
その計算器とは、算盤のこと。今回もまた発案者がハルコンだということを極秘にして、ドワーフの親方に依頼した30ケが、さっそく出来上がって屋敷に届けられた。
数日後、セイントーク家の屋敷にて、複式簿記を採用した周辺の経理担当者達を集めて、新しい計算器、算盤のお披露目が行われた。
ハルコンから算盤の使い方を教わった領の財務担当の役人達が、10年前の帳簿を引っ張り出して計算の実演をするのだが、……どうやらまだ慣れない様子で指先が覚束ない。
集まった者は、この算盤とやらはホンとに使い勝手がいいのだろうかと思った様子で、お互いに顔を見やっている。
カイルズは、ここは発案者自らにやらせた方が効果的だと思ったようだ。
「とにかく、これは画期的な計算器だ。ハルコン、オマエがやってみてくれ!」
「はいっ」
ハルコンがニコニコと笑顔で手を上げて、テーブルの席に着いた。
皆の注目が集まる中、ハルコンは、得意そうな顔でジィーと珠をゼロにご破産すると、
「願いましては……」
そう言って、片手で帳簿を捲りながら、パチパチと小気味良く珠を打ち始めている。
その巧みな手さばきに、おぉーっと、見学する大人達の間にどよめきが起こった。
しばらくして、ハルコンがいったん手を止めて、「ここ、ちょっといいですか?」と言って、担当の役人に帳簿の数字を指摘し始めた。
そのやり取りを、固唾を飲んで見守る参加者達。
計算後、直ぐに帳簿の誤りを見つけることができた。この結果を踏まえ、参加者達は本格的に算盤を導入する決断に至ったようだ。
「これは使えるな。引き続き領内で算盤を200ケ製作し、市場に出してみよう!」
カイルズの言葉に、財務担当の役人が頷き返す。
「算盤は、複式簿記に負けず劣らず画期的だな! 計算の大幅な時間短縮と、正確さの両方が手に入るのだからな!」
そう言って、カイルズはほくそ笑む。
「そうだ、ハルコン。オマエにもひとつ算盤を渡しておこう。持っていると非常に便利だからな!」
カイルズは、賢いハルコンが算盤を持つに相応しいと思ったのだろう。
「いいえ、父上。私には必要ありません。どなたか急を要する方に渡して下さい!」
だが、ニッコリと断るハルコン。
「何故、必要でないと?」
「頭の中で珠を動かすイメージをすれば、十分計算できますから!」
その言葉を聞いて、思わずゾッとする大人達であった。