雪が融け、新緑が萌えいづる頃、ファイルド国東方3領に、王都からの勅令で上水道の普請が言い渡された。
3領に跨る大森林を開墾し、耕作地を増やして食糧の増産に努めよ。そのための水資源として、北方の湖から湧き出る河川から水を引き、更には新規就農者を育成せよとのお達しだ。
すると、ロスシルド領は直ぐに対応し、近隣から人員を集められるだけ集めると、自領内の工事を順調に推し進めている。
まぁここまでは、王都に忠実な模範的態度を示していると言えなくもないのだが。
でも、東方の残り2領にとっては人夫を多く取られてしまっている現状のため、甚だ迷惑な話だ。
確かに、セイントーク領においては、女盗賊の興した職業斡旋所に多くの獣人が加入しているため、その普請工事の進捗に今のところ遅れはない。
だが、シルウィット領には新たな日雇い人夫を集めるノウハウもなく、ましてや獣人のネットワークもないので、通常の領民に負担をかけざるを得ない状況だ。
ハルコンがシルウィット領のミラの許に遊びに馬車で向かうと、途中各所で上水道の普請の現場を目撃した。
その工事現場には地元の騎士爵までもが駆り出され、領民達と共に慣れない作業に従事している様子が窺える。
これは、相当マズそうだな。ハルコンは前世の晴子の知識で、かなり嫌な予感がした。
晴子が高校生だった頃に習った日本史の授業で、こんな史実があった。
それは徳川の治世、外様の島津家を冷遇して、過酷な普請工事を行わせた。
いわゆる「宝暦治水事件」。この工事で多くの薩摩藩士が自害し、家老も工事完了後に自ら責任を取っている。
さすがにそうなってはマズいと、ハルコンは思った。
「こんにちは、遊びに参りました」
「おぉ、ハルコン君。よくきてくれたね!」
シルウィット家の屋敷を訪れると、当主のローレルからも歓迎されるハルコンだ。
見ると、その美青年の笑顔には、どこかやつれた感じが漂っている。
前世の晴子の記憶で、現場が上手くいってなくて人手も足りていない時、責任者はいつでもこんな顔をしていたよなぁと思い出す。
「やぁ、遊びにきたよ、ミラ!」
「ハルコン、……」
ミラもどこか不安そうに、ハルコンに寂しく微笑んでいる。
これは何とかしなければ!
とりあえず、ハルコンは2つの打開策を講じることにした。