季節が冬に差しかかった頃だ。ハルコンとサリナは屋敷の庭で遊ぶには寒過ぎるため、自然と温室で過ごすことが多くなっていた。
この温室は、ハルコンがドワーフの親方にアイデアを送って作らせた部屋で、板ガラスをふんだんに使っている、この国の科学最先端の施設だと言っていい。
外気から完全に遮断された室内は、透明なガラスを通して、明るい陽光が入ってくる。
サリナはこの部屋を大層気に入っており、遊び相手のハルコンを連れて、自分は本を読んで過ごしていた。
ハルコンは、姉が来年から王都の学園に入学するため、彼女が寂しくならないよう、なるべく一緒に付いて回っていた。
今日はお絵描きをしようかな? そう思って、親方に作らせた和紙とクレヨンをテーブルに並べていると。
「ハルコンは、いい子だね」
サリナがそう言って、ハルコンの髪を優しそうな眼差しで撫でてくる。
ハルコンがしばらくの間、くすぐったそうな顔をして受け容れていると、
「私も、ハルコンみたいにちゃんと勉強しなくちゃだわ!」
そう言って、根が真面目な姉は、今から来年の予習とばかりに、学園の教科書を難しい顔をして読み始めた。
私が難しい本を読むのを、姉は知っている。もしかすると、サリナ姉様は私の存在そのものに発奮したのかもしれないなぁと、ふと思った。
教科書は兄達のお下がりだ。長男と次男は王都の学生寮におり、最近あまり会えなくなっている。
ハルコンはやる気を出している姉の邪魔をすることなく、穏やかな気持ちで絵を描いていると、……しばらくして姉はこくりこくりと船を漕ぎ始めた。
「お姉ちゃん、寝ちゃいましたね」
突然、背後から妙齢の女性の、透き通るような美しい声。
思わず振り返ると、前世の最後に世話になった、あの美しい女神様が、にこやかな笑顔を浮かべて立っていらっしゃった。
「おっ、お久しぶりです、女神様!?」
ハルコンは内心の動揺を隠しつつ立ち上がると、恭しく、目上の者に対する貴族式の礼儀でポーズを取って、頭を下げた。
「はい、お久しぶりです。ハルコン君、お元気にされてましたか?」
首を少し斜めに傾げて、ニコリと応じる女神様。
「はい、元気にやっております。家族にも恵まれて、申し分ありません」
そう言って、再び畏まって頭を下げようとすると。
「あぁ、いいですよ、そんなの。私と晴子さんの仲じゃないですか? もっとざっくばらんにいきましょうよ!」
女神様が両手でストップの仕草をするので、ハルコンも「ワカりました」と言って会釈する。
「この席いいかしら?」
女神様は4人掛けの白い木製のテーブルの席に着くと、本を抱えたまま寝ているサリナの髪を優しく撫でてやり、「いいお姉ちゃんですね」と言って、クスリと微笑む。
さて、女神様はどのような用件でこちらにこられたのだろう?
ハルコンも席に着きながら、緊張した面持ちで、女神様の次の言葉をじっと待つ。