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次々とセイントーク領産の工業品がファイルド国内に流通されていくと、その産品の素晴らしさも相まって、領主のカイルズの名声はどんどん高まっていった。
元々国王ラスキンに重用されていたカイルズだが、最近は度重なる経済的成功により、王都と領の往来が以前にも増して頻繁になっている。
領内の治安は、女盗賊の許で集められた獣人の傭兵部隊が中心を担うことになり、好景気で湧く領をしっかりと守っている。
獣人達は皆、女盗賊に感謝していた。彼女のためなら命を懸けられると意気込む者も多く、ハルコンは女盗賊の視点を借りて、その様子を数多く見てきた。
おそらく、セイントーク家に悪意のある者達も、もう以前の誘拐騒ぎのような事件は、二度と起こせないだろう。
ハルコンは、今では屋敷内のどこにでも一人で歩いてゆける程に成長すると、先ずは自室の本棚にある本を片っ端から漁り始めていた。
姉のサリナの目には、ハルコンの幼児らしからぬ行動が、とても奇妙に見えたらしい。
大体サリナ自身、まだ王立学校に入学前だ。年上の自分ですら碌に本を読むことができないのに、一体何で弟は本に興味を持つのか疑問に思ったようだ。
「サリナ姉様。ハルコンに文字を教えて下さいませ!」
ハルコンは、くりくりとした愛らしい瞳で、ニッコリ笑顔で頼み込んでみた。
もちろん弟好きのサリナには、抗えないことがワカっている。
これも、ハルコンにとっては計算のウチだ。
「いいわよ。教えて上げる」
「ありがとう、姉様っ!」
思わず輝くような瞳で笑うと、ぶるるとサリナが身震いをする。
ハルコンは、さっそく基本の26文字と0から9までの数字を教わった。
なるほど、……ね。これなら直ぐに覚えられそうだな。
さっそく、たどたどしいとはいえ、サリナ姉様の読んでいた絵本を読み始めてみた。
すると、姉は感極まったように両手を広げ、愛情が込み上げたように抱き付いてきた。
「きゃ~っ、とってもかわいいっ、とても賢いわ、ハルコンッ!」
でもさ、……実際の話、文字が地球のアルファベットとほぼ同じ、数字も10進法で共通なんだからさ。これなら、とても理解は簡単だよね。
単語には男性名詞も女性名詞もなく、文法も前世の現代英語に極めて酷似しているという印象かなぁ。
それからしばらくして、姉の絵本などを基本に、この世界の文字のパターンを大体理解したハルコンは、もう少し複雑な本にも目を通すようになっていた。
「ハルコン、あなた何を読んでいるの?」
すると、サリナが訝し気な表情で訊ねてきた。
いけない。つい前世のクセで、実年齢にそぐわないものを読んじゃってたよ。
さて、どうしようかな? とりあえず、姉様を抱き込んでしまうか。
「このことは、ボクと姉様だけの秘密ですよ!」
ハルコンは口元に指を立てて、シィーッとしてみた。
「うん。とってもかわいいっ!」
「……、姉様」
「ワカったわ。私達だけの秘密っ!」
サリナはそう言って嬉しそうに笑うと、決して誰にも話すことはなかった。
結果、ハルコンが6歳になる頃には、家人の知らないウチに、屋敷内の書物、書類を粗方読み尽くしてしまっていた。
そして、その中には領内の経営に関わる大事な書類も、数多く含まれていたのだった。