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「あぁっ、……ワシは、美味い酒が飲みたいんじゃぁ、……」
一級鍛冶士のドワーフの親方が、心の底から強くて美味い酒が飲みたいと呟いていた。
ハルコンは親方に思念を同調させていると、その心からの呟きに、正直同情した。
親方には、セイントーク家は普段から世話になっているしなぁ。
たまには恩を返さなくちゃ、……だよね。
そう思ったら、ハルコンはさっそく前世の知識を駆使して、酒精を取り出すための銅製の蒸留器の製造アイデアを、親方の頭の中に「天啓」として放り込んでやった。
「うぉぉっぉぉぉっっ!! アルコールと水の沸点の違いを利用して、酒精を根こそぎ集めちまうのかよっ!! 全く、その発想はなかったぜっ!!」
親方は、目の色を変えて蒸留器の製造に着手した。
それは新しい発明や発想を前にした好奇心から、……だけではなく、むしろ自分自身強い酒精の美酒に溺れたい、楽しみたいという欲望の為せるワザ。
呷るように、強くて美味い酒を飲みたい!
そんな渇望にも似た何かに心が支配され、まるで熱病患者のように魘されながら、親方は三日三晩徹夜で励んだおかげで、ついに蒸留器一号が完成した。
「よしっ! これでワインを蒸留して、酒精強化ワイン(ブランデー擬きのこと)を作っちまおうっ!!」
親方は目を血走らせながら、内部のタンクにワインを注ぎ、下部に点火した。
それから待つこと十数分。
親方だけでなく、ハルコンもワクワクした気持ちで、沸点に達したアルコールが管を通ってポチョンポチョンと雫を垂らして蒸留される様子を、目を皿にして見つめていた。
前世の晴子は、結構飲酒を嗜んでいた。そのため、この世界の生ぬるい気の抜けたようなワインには、ほとほと飽き飽きしていたのだ。
もちろん、私自身が飲酒しているワケではないよ。NPC達に思念を同調させることで、アルコールを嗜んでいただけだよ。
お酒は20歳を過ぎてから。もちろん、ちゃんと守っているからね。
親方は、酒精の溜まったビーカーを、まるで宝物にでも触れるように丁重に扱うと、使い慣れたコップに注ぎ、口をつけた。
「美味いっ! 美味過ぎるっ!!」
酒精も強くまろやかだけれど、でもどこか緊張感のある味わい。これだよこれっ!
この世界において、蒸留器なんて代物は、親方の工房にしか存在しない。
しばらくぶりの美味い酒に、親方もハルコンも思わずガッツポーズ。
それから数日後、親方は工房を訪れたカイルズにさっそく飲ませてみた。
「ふぉっ!?」
更にカイルズは目の色を変えて、こう主張する。
「これは、門外不出にするっ!」
「えぇ~っ! 何故ですかいっ!? カイルズの旦那ぁーっ!?」
思わず、不平を漏らす親方だが。
「セイントーク領の産品は、最近耳目を集め過ぎるキライがある。しばらくの間、様子を見ておいた方がいいだろう。目を付けられたら、厄介だしな!」
確かに、カイルズの言っていることは、概ね正しい。
「だが、……納得いかねぇ、……」
そう呻いた後、漸く親方は頷くのであった。