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晩秋の真夜中だ。辺りの空気は凍てつくように冷えている。
ハルコンは、強烈な眠気に襲われていた。これからどうなるのかワカらない焦りや不安にも苛まれ、思考の並列処理の天才の頭を以てしても、なかなか心身に堪えていた。
今頃、家族は異変に気付いて、大騒ぎなのではないだろうか?
姉や兄達はまだ幼い。弟の私が誘拐されて、心が傷付かないだろうか?
あれこれ思考を巡らせていると、暗い夜道の先に、セイントーク領で設営した簡易宿泊小屋が見えてきた。
この小屋は普段は無人で、セイントーク領からロスシルド領に向かう商人や旅人達向けに用意した、無料の休憩小屋だ。
中に入ると暖炉がよく燃えており、室内は温かい。ハルコンは体が冷え切っていたので、心なしホッとため息を吐いた。
賊に抱きかかえられながら、ふと室内を見渡した。
ざっと、……賊は10人だなと思う。
ハルコンの目に、見知った者は一人もいない。
女盗賊の運営する職業斡旋所でも見かけない連中であるため、おそらく近隣から侵入した他所者達だろうと思われた。
「おぅ。ソイツがセイントークんところの、ガキか!?」
「へい。お頭、いわれたとおり、無傷でかっ攫ってきやした!」
ハルコンを抱えた若い賊が、中年の大男に向かって叫んだ。
「ふむ。これから交渉するんだからな。決してケガだけはご法度だぞ! 泣き喚いても、決してぶん殴っちゃぁならねぇ。いいな?」
「へい。もちろんでさ!」
ふぅ~ん。意外と手下の教育はしっかりやっているのな。
まぁ、……その点は大いに助かるけど。
ハルコンは賊の頭領の顔を見ながら、そんなことを思った。
とりあえず、いきなり身体を傷付けたりとかいったことはなさそうだ。
この賊達メンバーの情報は、ハルコンの視覚野を通して、全て女盗賊の頭の中に継続的に放り込んでいる。
思念を同調させているハルコンは、賊を殺す気満々で小屋に向かっている女盗賊に、すかさず「天啓」を送り付けていた。
『決して、殺しはご法度ですよ!』
「そ~んなぁ~っ、ハルコン殿ぉ~っ。こちとらば憤懣やる方ないでやんすよぉ~っ!」
トホホ、……といった調子で、早馬を巧みに操りながら泣き言を漏らす女盗賊。
そうこうするウチに現地に到着すると、女盗賊達は軽武装のまま、距離を置いて小屋を取り囲んだ。
その数、総勢20名。ヒューマンだけでなく、獣人種も複数いる。
多少酒が入っているとはいえ、いずれもかなりの手練れの者達だ。
『女盗賊さん。くれぐれも、程々にね!』
ハルコンは、念には念を入れて「天啓」を彼女の頭の中に放り込む。
「あ~っ、ワァ~ッてるでやすよぉ~っ!」
そう言って、女盗賊は頭の回りで何度も手を振ってみせた。
そんな彼女の様子を、手下達が固唾を飲んで見守っている。
「お頭、どうするんで?」
「まぁ、アタイば様子見てくんよ」
すると、女盗賊はするりと皮鎧を脱ぎ始め、下着姿のまま単身小屋の入り口の前に歩いていく。その姿に、番をしていた夜盗の手下が、持っていた槍を構えた。
「貴様っ、何者だっ!?」
「へへっ、夜道を歩いてやしたら、灯りば点いてるでやしょ。こちとら、今宵は商売上がったりなもんで。稼がせてば貰えやせんかねぇ?」
女盗賊は、下着姿でも絶世の美女だ。夜盗達にとって、これから大金も入ることだし、追い返す理由がない。
「いいだろっ。中に入ぇんなっ!」
「はぁ~いっ!」
満面の笑顔で、女盗賊は小屋に入っていく。