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「カイルズ殿、我にロスシルド伯の紹介をして頂けないか?」
中年の一級剣士が、笑顔でそう語りかけた。
ハルコンは、一級剣士を通してカイルズから予めセイントーク領周辺の詳細な話を聞いている。その際、忌憚のない意見を伝えたつもりだ。
先程は女盗賊で失敗してしまったため、今度は一級剣士で挽回しようと思っていた。
「えぇそうでしたな。ご案内しましょう!」
カイルズの後に、一級剣士と情婦達がぞろぞろと付いていく。
ハルコンは、一級剣士の目でジョルナムとその妻の様子を探ると、相変わらず人けのないところで、苦虫を噛んだような顔をして、軽食を口にしていた。
「ロスシルド伯、貴殿に紹介したい人物がいるのだが」
カイルズが声をかけると、相手は値踏みをするような表情で、ジトリと見返した。
その表情から、先程セクハラまがいなことを言って、反撃されたトラウマをまだ引きずっているのかなぁとハルコンは思った。
「やぁ、貴殿がジョルナム・ロスシルド伯であらせられるか?」
すると、最初はつまらなそうな表情をしていたジョルナムの顔色が、見る間に紅潮する。
「おぉっ!? 一級剣士殿ではありませんかっ!?」
「えぇ、如何にも!」
一級剣士が笑顔で応じると、ジョルナムはまるで子供のように目を輝かせた。
紹介を受けたロスシルド伯は、どうやら一級剣士のかなりのファンだったらしい。
建国始まって以来の剣豪と呼ばれ、先の戦争でも大いに活躍した一級剣士。
ジョルナムが興奮した調子で褒め称え続けるので、剣士はバツが悪い表情を一瞬浮かべた後、カイルズを見た。
すると、カイルズも呆れたように、苦笑いで頷いている。
「一級剣士殿、願わくば、我が息子ノーマンの剣術の先生になって貰えないだろうか?」
ジョルナムが、そんなことを言ってきた。
カイルズにしてみると、そんなのマナー違反も甚だしい。一級剣士は、あくまでセイントーク領の客人だ。だから、横取りするなよ。そう、目が語っていた。
ハルコンは、剣士の目で父とジョルナムの様子を窺っている。
剣士の心は、特に揺れていなかった。おそらくこんな風に剣士の取り合いになる場面に出くわすことは、よくあることなのだろうとハルコンは思った。
すると、剣士はこう切り出してきた。
「我は東方の風景や気候が大層気に入っているので、しばらくの間、セイントーク領に滞在するつもりである。ジョルナム殿、そのウチ機会があれば、ご子息のノーマン殿にもお目通り願いたいものであるな!」
そう言って、男前の笑顔を見せると、カイルズも嬉しそうに頷いている。
「だが、一級剣士殿、ここは平に伏して我が領にもぜひお越し願いたい。貴殿が……」
ジョルナムは、なおも食い下がろうとするのだが。
すると、剣士の傍に立つ情婦達の目が、まるで鷹が獲物を探るような光を湛え始めた。
それを見たジョルナムが、さぁ~っと青い顔になる。
おそらく、この女達も怒らせたらただでは済まない。そう直感的に彼は悟ったのではないだろうか?
ハルコンは、現場の状況からそう判断した。