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カイルズ一行の帰領による、昼間の慌ただしさも終わり、夕食の後、屋敷の者は皆落ち着いた時を過ごしていた。
ハルコンとソフィアの過ごす部屋は、要所に設えられた蝋燭の灯りと暖炉の揺らめく炎が、部屋を穏やかに照らしている。
ハルコンはうす明るい部屋でウトウトしていると、ソフィアが優しそうに前髪を撫でてくれる。
「とてもかわいい、……私のいとし子、ハルコン」
母の手の温もりが、どこか懐かしくて、くすぐったく感じられた。
すると、ドアをノックする音がする。
「私だ。ソフィア、少しだが話したりできるか?」
カイルズの声だ。どこか少しだけ躊躇った様子も窺える。
「えぇ、入ってらして。こんな時間に何かしら?」
「すまない。実はな、……オマエに今後の件で、いろいろ話しておきたいことがあるんだ」
「えぇ。お話になって、カイルズ!」
ハルコンは、両親の話をベッドから全て聞いていた。
最初のウチは、セイントーク領の徴税に関する話とか、カイルズが王都で聞いた新規事業の話などを、ソフィアにかいつまんで話していた。
「その上で、……これから話すことが、とりわけ重要なのだが、ぜひ聞いて欲しいんだ」
「えぇ、カイルズ。どんなことかしら?」
何でも、王都からセイントーク領までの道中、カイルズには、ひとつだけとても気がかりなことがあったらしい。
それは、しばらく続いた吹雪が止み、夜中にも拘わらず天上星が真昼のように輝き出した、あの夢のお告げに関してのことだ。
「天上星、……ですか?」
「あぁ。世の中に新たな動きがある時に煌々と輝くと言われ、大いなる変化を象徴する星とされている」
「それは知っています。ですが、それと私達と、一体どういう関係があるのかしら?」
「我々はな、……おそらくファイルド国周辺一帯の人々は、皆、同じ夢を見ていたんだ。女神様が数十年ぶりに夢に現れて、こう仰られたのだ!」
『本日、我が御使いを地上に遣わしました』
『その者の齎す光は、夜の闇すら昼間のように明るく照らし出してご覧に入れますよ』
『さぁ皆さん、その少年と共に、世界を大いに盛り上げて参りましょう!』
「カイルズ、……私は、あいにく見ておりませんよ」
「どうしてだ? 王族の間ですら話題に上がっていたのだぞ!?」
「だって、……、あの時、私はハルコンのお産でしたから」
「なるほど、そうだったな。領地からの報告によると、ハルコンの生まれたのはあの日の晩ということであったな」
「あなたは、もしかしてハルコンが、その御使い様とお考えなのですか?」
「ふむ、……私にも、皆目ワカらないのだ」
両親の話をベッドから聞きながら、ハルコンは思わず顔を顰めた。
もしかすると、私は今回もまた、悩み多き人生を歩む運命にあるということなのか?
そんなことを思っていると、両親がこちらに近づいてきた。
「見た目には、普通の赤子と変わりませんよ?」
「ふむ、……確かに」
ハルコンの顔を見ると、2人は心配事が雲散霧消したように、ホッとため息を吐く。
「オマエによく似て愛らしく、穏やかそうで、精緻な顔つき。カールしたプラチナブロンドの髪も美しいし、見た目も健康そのもの。言うことなしか」
カイルズは、改めて沸々と愛情が込み上げてきている様子。
「望むべくして生まれた、大事な我が子ですよ。とにかく健康に、安らかに育って欲しいものです」
「そうだな」
そう言って、両親はハルコンの髪を優しく撫でた。
ハルコンは思った。とりあえず子供でいる間だけでも、目立つ行動を自重すべきなのかなぁと。