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何だか暇なんだよね。
ハルコンは暖房のゆき届いた室内で一息吐くと、とにかく前世が忙しくて仕方のない人生であったことを思い出す。
赤子に生まれ変わった自分の身体を揺すってはみたものの、まだ碌に寝返りも打てずにいる。
まだこの身体、赤ん坊だからなぁ。前世のように動き回るのって、しばらく時間がかかりそうだよなぁ。
室内を見渡すと、書物のぎっしり詰まった本棚が2つ。早いところ、こちらの世界の言語を身に着けて、頭を慣らしていきたいところなんだけど。まぁまだ無理かなぁ。
ならさっ、女神様の仰っていたNPCの6人格に、試しにアクセスしてみよっか?
どうせ……私の身体は、まだ碌に動かせないんだしさ。
退屈しのぎにいいんじゃない?
では、さっそく、……ファイルド国内の、女神様の用意して下さった6人のNPCと思考をリンクさせてみよっと!
いわゆる思考の並列化、思念の慣熟訓練を、ハルコンは開始した。
それは、心の中でラジオのチューニングをするような作業だ。心の目盛りを弄りながら周波数を探り、最適な通信状態に合わせて操作するのだ。
最初はうっすらと、……でも、次第に明瞭にNPCの視界が見えてくる。
おっ!? いい感じ、いい感じ。
その思念も、……共に浮かび上がってくる。
ハルコンの頭の中に、ファイルド国の各地の様子が定点カメラのように見えてきて、それが明確な意思と思念を滲ませるようにハルコンの心に染み入ってきた。
面白いなっ、この感覚っ!!
ハルコンはNPCとの同調に成功すると、心の中で思わずガッツポーズをした。
これって、……まるでインターネットラジオの双方向参加型プログラムでも視聴するみたいだね。
何だろうこれ? まるで、国内各所で繰り広げられるドキュメンタリーを、傍から観てるみたいじゃんっ!?
それは悲喜交々、お涙頂戴の人情劇から王都での商売の様子、森林での狩りの様子、鉄を打つ職人の様子、王都の町民の悩み相談を聞く様子、赤ん坊の眼にはいささか刺激的過ぎる男女のやり取り等々。
これは面白いな。しかもテレビドラマのように客観的な視点ではなく、自身の主観で楽しめるなんてさ。これって、最高のエンターテイメントなんじゃないの?
ハルコンは、思わずキャッキャッと笑い声を上げてしまった。
すると、姉のサリナがベッドまで近づいてきて、ご満悦な表情で見つめている。
「何か楽しい夢でも見ているのかしら?」
サリナの言葉に、母ソフィアは嬉しそうに頷いた。
しばらくして、ハルコンは段々その感覚に慣れてきた。
このままNPCを遊ばせておくのもいいんだけどさ。
でもなぁ。何だったら有効利用したいところだよね!
それにさ、……このNPC達に、一度直接会ってみたいかも。
母ソフィアが、サリナに来週王都から父カイルズが帰領することを伝えていた。
ふぅ~ん。ならさっ、それまでに、何とかしてNPCを使いこなしてみよっと。
ハルコンは意気込んで、思わず笑みを浮かべていると。
「お母様、ハルコンがとても愛らしく笑っているわ。見ているこちらまで、幸せな気分になっちゃいそう!」
そう言って、サリナが優しく微笑んだ。