「それにしても、……ここって、やっぱり死後の世界なんですか?」
晴子は、かつての同僚がいたことにホッとし、先ず現状把握に努めようとした。
「オマエさんは、ここをどこだと思うんだい?」
「そうですねぇ、冥界、……それとも雲でふわふわしているから、天界ですかねぇ?」
「さすがの洞察力だな、ここは天界だよ。大抵の者は、自分が死んだとも気付かないでこっちにきて、皆大慌てだというのに、……キミときたら、極めて冷静に、自身の現状把握を最優先にしているんだからね」
なるほど。私がこれからお会いするのは冥府の王ではなく、天界の神々のひと柱か、と晴子は即座に判断する。
晴子は、在りし日の同僚の姿を思い出す。急な会議のたびに、徹夜で資料整理を手伝ってくれる穏やかな人物だった。
こういう稀有な人物が、私と同じく殺される羽目になる現世に、晴子は少しだけ嫌気が差した。
「もう、……私達は苦しまなくていいんですよね?」
「そうだなぁ、……でもね、我々のいた苦界も、今思えば懐かしい気がするよ」
「……、まぁそうですけど」
晴子と同僚の男性は、雲海のような世界をゆっくりと進んでいく。時折霧の隙間から青空が見え、眩いばかりの陽光が2人を照らしていく。
これは素晴らしい眺めだと、晴子は素直に感心した。
しばらくして、少しずつだけど霧が晴れてきた。すると、200メートル程先の方に、石造の屋根付きの舞台のような、大きな建築物が見えてきた。
「おぉ~っ、漸く見えてきた。オマエさんも、あの建物を見てお台場のアレを思い出しただろ? まぁ、中も実際あんな感じらしいぞ!」
「まだ、……入ったことはないんですか?」
「あぁっ。オレには、その資格がないんだ」
「……」
かつての同僚によると、ここが神様のいらっしゃる神殿なのだという。
そのままエントランスまで2人は進んでいくと、広い構内は照明器具もなしに調光が整えられ、室温も程よく快適な様子。竪琴の優しい音色が、晴子の耳に心地良く届いてくる。
「ここから先は悪いが、オマエさん一人でいってくれ。オレ程度の者では、とてもお会いすることの叶わない位階にある神様とだけ伝えておく」
「あなたとは、もう少しお話をしたかったのですが」
「ハハハッ、そう言ってくれるな。まぁここでお別れだ。目の覚めるような美人のオマエさんに、オレも最後に会えて嬉しかったよ」
「そんなに褒めても何も出ませんよ。ですが、再びお会いできて私も嬉しかったです。またいつの日か、……お会いできることを願っております」
そう言って2人は固く握手すると、晴子だけ奥の広間に進んでいく。