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焼肉に行こう!
焼肉に行こう!
鶏殺臓物地獄
文芸・その他純文学
2025年01月20日
公開日
4,024字
完結済
雨生龍之介とジル・ド・レェが人を殺したり焼肉に行ったりする話です

焼肉に行こう!

 冬も近く、部屋はアイスボックスみたいになって、死体が腐る事とも無縁になった。

 非常にオレらは効率的に、消費的に、殺人の趣向を凝らしていた。

 冷たいメスを柔らかな皮膚に埋めていく。

 じわじわ刃物に血の熱が伝わって、滑りが良くなるのが分かる。

 その感触が好きだった。

 四肢を括り付けられて身動きの取れない今日の被害者は、涙を溢れさせながらママ、パパ、と叫んでいる。

「あはは、大丈夫だよ、オレが今より綺麗にしてあげる、君の持ってたお人形さんみたいにさ」

 なんて言ってる間に臓物がお目見えした。

 中身まで抵抗してるのかな、腸が蠕動してる。

 芋虫みたいで面白いなぁ、もう何度も見てるけど。

 ああ、そうだ、顔を剥いでリボン結びにした腸の真ん中に縫い付ければ、素敵な髪飾りになるかも。

「ねぇ、お人形さんよりもリボンになりたくない?女の子はリボン好きだもんねー」

 女の子は嫌々、と首を横に振っている。困ったなぁ、腸を引き引き摺り出した後生きられる時間って短いんだけど、駄々こねられちゃった。

「うーん、じゃあ顔つきリボンを君の頭につけてあげる、そしたらお人形にもリボンにもなれるね」

 ぴた、と止まった後、やっぱり暴れ出して、親を探し求めて泣いている。

「だめだよー、泣いたら顔腫れちゃうじゃん、綺麗なリボンになれないよ」

 腫れる前に硬直させないとダメかなぁ、先に顔剥いじゃお。

 顎の辺りからメスを刺して、型抜きみたいに慎重にくり抜いていく。

「もー、動いたらガタガタになっちゃうよ」

 頬にかけてのラインが柔らかくて、肉がするする裂けていく触感が面白い。

 贅沢にたっぷり、口内まで、肉を抉り取る。

 額の肉は薄いから、特に繊細に骨と肉の合間を縫って、裂いてるのに縫ってっておっかしー、はは。

 最後に中央のほうもくり抜いたら、顔面ボタンの完成〜!

 「君鼻高いねぇ、子供なのに」

 顔面を剥がされた少女は、呼吸を必死にしてるけど、頬の肉まで削り取られちゃったから通り抜けていくばかり。

「頑張って息して偉いねぇ、もう少し頑張っててね」

 さーて、次はお待ちかねの腸引き摺り出しタイム!

 一気にズルズルズル〜って、詳しく言うと腸に手をかけてくっついてるところからも引き剥がして、ベロベロベロ〜の方が近いかも。

 うん、まだあったかい。

 中身は、そうだなぁ、汚いけど袋に全部入れておいて後で捨てよう。

 腸に何にも入ってない状態で、蝶々結びをすれば、女の子のだ〜い好きなリボンに大変身!

 真ん中に顔縫い付ける、のは時間がかかりそうだからそのまんままち針で止めちちゃう。

 これで人面リボンの大完成!

 さっそく頭につけてあげよう、と思ったら、もう既にリボンがついてた。

「これは外しちゃうねー」

 瀕死の状態でふるふる首を振っているし、瞼をなくした瞳は外したリボンの方を向いている。「ま、ま」

 ま?ああ、もしかして、お母さんから貰ったやつなのかなぁ。

 かわいいな、このリボン。

人面リボンの、おでこの部分につけちゃお。

「よかったね、お母さんから貰ったリボンもつけて死ねるよ」

 なんて美しい家族愛なんだろう!しょうもないなー。

 何度か痙攣した後に動きが止まって、命の灯火が消えたみたいだった。

 なんか一気に脱力しちゃったな、やっぱり旦那が出かけてる間ってつまんないや。

「ただいま帰りました、リュウノスケ」

「旦那!」

 オレは嬉々として玄関の方に向かって走っていった。

「おやまぁリュウノスケ、血まみれじゃありませんか」

「えっとねー、今ちょうど殺ししてたところなんだ、旦那も見てよ」

 旦那の手を引っ張って、作品の所まで連れていく。

「ふむ、これはこれは愛らしい」

 彼はそっと幸せなお人形さんに手を触れて、じっと観察している。

「まち針刺しておいたからこれから縫うところなんだー」

「私だったらこのリボン、頭ではなく胸につけますけどねぇ」

 胸に、確かに頭だとサイズ感が合わなくてアンバランスな気がする。

「旦那ってやっぱり美的センス高いよねー、フランス人だから?」

「フランス人みんながみんなハイセンスな訳ではないですよ」

「そりゃあそっか、はは」

 この後は旦那と焼肉に行く予定だ。

 高いお店に旦那が連れて行ってくれるという。

 旦那から外で食べたいなんて言うの珍しいなぁ。

「焼肉、楽しみだねぇ」

「その前に貴方はシャワーを浴びて、血と脂を落としてきなさい」

「りょーかい」

 オレはさっさとシャワーを浴びてきて、着替えて、ジャンパーを羽織ってから旦那と一緒に外に出た。

 外は想像していたより寒くて、手袋でも持ってくればよかったなぁ、と若干後悔した。

 けど、すぐに焼肉屋について、じわじわあったまった。

 席について、メニューを見たら想像もつかないような値段が羅列されていて、一旦閉じてしまった。

「どうしたんですリュウノスケ、好きなものを頼んでいいんですよ」

「……じゃあこの、一番安いやつ」

「小心者ですねぇ、最上級のを頼んでおきますからそれになさい」

 うぐぐ、こんな高いお肉食べた事ない。

「おいしい、生きててよかった」

 結局何枚も食べてしまって、お会計がえげつないことになっていたけど、旦那は黒いカードで全て支払ってしまった。

 オレらは店から出て、寒空の下を歩く。

 胃の辺りがあったかくて、でも体の表面が冷たくて。

 今のオレはきっとメスがすっごく入りにくいだろうな。

「あ、星だよ、旦那」

「おや、よく気がつきましたね」

 その後旦那と一緒に星座を探しながら帰った。

 また旦那とお出かけできたらいいな、色んなところ。


 次の日、旦那は急に寝込んでしまった。

 なぜかは分からないけど、布団でずっと丸まっている。

 意思の疎通も難しいくらいに。

「私は大いなる罪を犯している、私は、わたしは」

 ええ、すっごい今更なことだなぁ。

 罪を犯してなんぼ、みたいな言動を旦那は普段しているが、たまにこんな風に罪の意識に苛まれて、旦那はこうなってしまうのだ。

 人殺しを見た後に焼肉が食べられるメンタルなのに急に落ちるから、情緒がよくわからない。

「大丈夫だよぉ、神罰を受ける事で神の存在を証明したいんでしょ、なら罪深い方が近付くよ」

「私はジャンヌの意志に背いている、背信している、生きていてはいけないのです」

「ジャンヌちゃんの復活のためだよ、このまま突き進むしかないって」

 唸りながら旦那は枕を濡らしている。

 ぎゅーってしてあげたけど、だめそうだった。

「オレら地獄に行く時はきっと二人で行けるからさぁ、そんなに落ち込まないでよ」

 頭を撫でると、旦那はこっちに顔を寄せてきた。

 かわいいなぁ、猫ちゃんみたい。

「本当ですか、本当に二人で地獄に堕ちてくれますか」

「もちろん、オレだって人殺しだし」

「なら今から死にに行きましょう、二人で飛び降りましょう」

「えー、オレどっちかって言うと二人で殺し合って死にたいなぁ、自殺って勿体無いじゃん」

「私たちは飛び降り二人で混ざり合い、罪も混ぜ合い、一緒に一つの肉塊になるのです」

 うーん、ここまで言ってるなら決心は硬そうだなぁ、きっと覆せないだろうなぁ。

「二人で形而上の存在になるのです、こんな形而下の世界で生きてはいられない、早く」

 救いってのは主観的な物で、客観的に見たらどこにもなくて、オレはそんなものに縋って生きるのはごめんだと思っていた。

 けど、いつからだろう、この人が現れてから、オレは少しずつ客観視ができなくなっていった。

 形而下に居たオレとは正反対で、もっと形而上に生きている彼は、オレの求めるもの全部持っている気がして、つまり救いに見えて、オレの足は宙に浮いていた。

 オレの足が宙に浮いていると言うよりかは、あの人に徐々に足場を崩されていって、最終的に地には何もない、と言った方が正しいかもしれない。

 とにかく、浮かれていた、浮かされていた。

 だけど、足場が無くなればもちろん後は空いた穴に落ちるだけなのは分かりきっていた。

 だから、遠い遠い地獄の穴に、オレらは落ちていくしかないのかもしれない。

「わかった、じゃあ飛び降りよっか、そこら辺のマンションから」

「一番高い所、一番天に近い、神に近い場所から」

 神曲みたいな世界がオレらを待ってるのかな、だとしたら、ちょっとテーマパークっぽいかも。

 のだ。

 オレらは明けの明星となるんだ、そして堕ちていく、深い深い深淵、典型的な背神者のオレらは、天啓的な地獄に堕ちる。

 なーんて、ね。

 「甘き死が来たる、蛹化した蛾のように、溶けて美しく死ねる、だから、どうかお赦しください、こんな醜く泣いている私を」

旦那は手を祈る形にしてオレに向けた。

「肺胞も穢れた煙で壊れていくから、私を構成する原子全てから別れを告げるんです」

 だめかなぁ、オレは結末が分かってるんだ。

 一緒の棺桶の中で笑ってるオレらの予知夢を見たから。

 言葉が記号で思考が接地できないなら、オレらはもう灰になって混じり合って同じ器に納められるんだ。

 何が幸せだったのかに自覚的であれないのなら、無自覚に不幸であるのかな。

 なんだったっけ、オレらの愛の始まりは。

 死んで戻ろうか、そこに。

 お互いを全部壊してそれから、何が残るんだろうなぁ。

 終わらせに行こう、幸せに向かって、オレらのぐちゃぐちゃの屍からあの青い空へと煙が上がっていくのを待とう。

 「おやすみしに行こっか、一緒に」

 旦那とオレは電車を乗り継いで、この街で一番高いマンションまで来て、どうにか侵入して、屋上にいた。

 「リュウノスケ、また地獄でお会いしましょう」

 「そうだね、またすぐ会えるよ」

 手を繋いで、いっせーのーで。

 落ちている時の景色ってこんな感じだったんだ、落下死させた事もあったけど自分じゃないとやっぱり実感湧かなかったな。

 っていうか落ちるまでの時間割と長いかも、そうだ、旦那のこと抱きしめちゃお。

 って思ったけど、旦那はずっと上を見ていて、オレを見てはくれなかった。

 けど、宙からアスファルトに引き付けられる瞬間、幸せだったかも、って思っちゃったんだ。

 最期に見えたのは青空、青空、青空。

 上を見るのが怖かったなぁ、今まで。

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