煙が晴れる頃には既にメゾーレの視界にスゥの姿は無く、どこかに隠れた後だった。
まさか逃げられない様に、卑怯な真似をさせない様にと用意した決闘の初手から正々堂々と煙幕に張られるとは思わなかったが、ここでいちいち怒りに流されていてはスゥの思う壺なのは明らかだ。
メゾーレは冷静を心掛けて周囲を観察する。
(こういった小細工を弄するのは腕に自信の無い証拠……冷静に、冷静に。狩るのは私なのですから……)
スゥの姿はどこにもなかったが公園の周囲に待機させている近衛騎士達からは何の連絡も無い。
近衛騎士達の練度は非常に高く、あのスゥとてそう易々とは突破出来ないだろう。
(公園の周りは近衛騎士達が固めているから、いくらなんでもこの状況で公園から脱出するのは不可能なはず……もし奴が強引に包囲を突破して決闘から逃げ出す様な真似をしたなら……その時は意地を張らずにダゴンおじ様に協力を仰ぎましょう)
不意にメゾーレの右後方から何かくぐもった様な小さい音が聞こえた。
直後に弾丸が飛来し、嫌な予感がしたメゾーレは反射的に飛来したそれを体を軽く捻って避けた。
「飛び道具!?……それもサバイバーが無効化されている!?」
続けざまに茂みの向こうから多数の弾丸がメゾーレに襲い掛かる。
流石にこう連発されるとメゾーレも飛び道具の正体に気が付いた。
「銃弾ですって!?今日日銃を使って戦ってる!?」
「やるねぇお嬢様、サバイバーが無けりゃ今の時代でも銃弾避けれる奴なんざそうそう居ねぇってのに」
・・・
世界大戦が勃発するよりも前、サバイバーという装置が銃に対する究極の回答として開発された。
空間の魔術師と呼ばれた天才科学者『グラーフ・フェルディナント・ツェッペリン』博士によって発明されたサバイバーの効果は、ごくごく小規模な斥力を発生させる事によって銃弾や爆発から所有者を守るというシンプルなものだ。
サバイバーの小型化が進んだ結果、携帯電話程の大きさになり持ち運びも容易になると、サバイバー瞬く間に世界中に普及した。
その効果は絶大で、銃弾や爆発はその指向性を逸らされてしまい、人を傷つける事が出来なくなった。
ありとあらゆる兵器群がサバイバーの登場で無力化された。
銃は最早アンティーク、精々サバイバーを持たない小型の獣を狩る為の『道具』に成り下がった。
この時代の銃というのは、かつての刀剣の様にもう武器ではなくなってしまったのだ。
銃が世界から駆逐された今でも、多くの人々はサバイバーを携帯している。
何が起こるかわからない世界だから、念の為というやつだ。
それくらいサバイバーの汎用性は高い。
・・・
案外あっさりと姿を現したスゥが、続けざまに弾丸の雨をメゾーレに浴びせる。
だがそれをメゾーレはフットワークで回避しながらスゥへ肉迫する。
「全く!甘く見られたものですわね、サバイバーが無くても銃弾如き、避けるのは訳無い事ですのよ!」
メゾーレは気合を入れなおすと、踵で強く地面を踏みつけた。
するとドカンという爆音と共に周囲に土埃が舞って、メゾーレの姿を一時的に隠した。
そのままスゥ目掛けて爆発的な加速で駆け出した。
銃弾が何発かメゾーレの体を掠めるが、見事な体裁きで急所を外されて有効打にはならない。
「げえっ!」
メゾーレの速度を目の当たりにして仕留めきれないと悟ったスゥは、大きく横に飛んでクレープ屋の移動販売車の陰へと逃げ込む。
メゾーレはそのままのスピードで車に突っ込んで、勢いの乗った強烈な蹴りを車に叩き込んだ。
するとメゾーレの脚甲に仕込まれたパイルバンカーが作動して蹴りの威力を更に倍加させる。
車はその蹴りの威力に耐えかねて吹っ飛び、遠くに見える建物へと一直線に吹き飛んで突っ込んだ。
こういった被害を避ける為、人々は未だにサバイバーを手放せない。
「おぉ、こえーこえー。まさか脚にパイルバンカー仕込んでるとはなぁ……決闘を申し込むなんて言う割りにエグい事するぜ。流石はあの拷問好きの『ブラッディ・マリー』の娘、血は争えねーってか?」
距離を詰められて若干不利な状況に陥りつつも、スゥは余裕綽々という体で軽口を叩く。
実は内心結構ビビっていたのだが、それをメゾーレに気取られては気持ちで負ける。
「……でしたら、さっさと降参してはいかが?投降して大人しく捕まるなら手心を加えてあげてもいいわよ?」
メゾーレも多少余裕を取り戻したのか、負けじと煽り返す。
実はスゥに親の名前を出された事で、こちらも内心穏やかでは無かったが、それ以上に親を意識している自分の姿を死んでもスゥに気取られたく無くて無理矢理平静を装っていた。
「ハッ!やなこった!」
そう言ってスゥはキャスターからソードオフショットガンを二丁取り出して構えた。
「こうみえて結構負けず嫌いなんだよ」
「あら、奇遇ですわね……実は私もそうなの」