スゥとプリデールがノアを後にして半日くらい過ぎた頃、車を運転していたスゥが道の前方に何かあるのを発見した。
車のタイヤでそのまま踏んづけて進むには少し大きく、かといって道を塞いでいるという程でも無い。
「……ん?なんだありゃ?」
よく目を凝らしてみると、どうやらヒトが倒れているようだ。
道の真ん中でうつ伏せで倒れている誰かはクラクションを鳴らしても反応せず、生きているのか死んでいるのか分からない。
不審に思ったスゥは警戒を強め、目付きを鋭くして言った。
「お客さん、行き倒れが居るぜ、もしかしたら罠かもしれねぇが……どうする?」
「貴方に任せるわ、貴方が良いと思う様にしてちょうだい」
「……オーケー、わかった。それならアンタも一応戦う用意をしておいてくれ」
「ええ」
意外な事に、スゥは行き倒れを無視しない様だ。
スゥはそういって行き倒れているヒトから10メートル程距離を取った所で車を停めると、周囲の警戒をしながら車から降りて、ゆっくりと行き倒れに近付いていった。
傍から見れば神経質過ぎると思われるかも知れないが、スゥがこんなに警戒しているのには勿論理由がある。
強盗目的の野盗が行き倒れの振りをして、または実際に瀕死の人間を餌にして獲物をおびき寄せる罠を張る事があるのだ。
危険を冒したく無いのなら無視して迂回するか、それが無理なら轢いて行くのが一番無難なのだが、こんな治安の悪い世界になっても、そこまで人間性を躊躇いなく捨てれる奴はそうそう居ない。
それ故にこの手の罠は一定数の成功率を誇り、コストも野盗達にとっては安上がりなヒトの命一個で済む。
そういう意味で、ありきたりながら良く出来た罠だと言える。
危険があるとわかっていても確認せざるを得ないという、シンプルながら効果的な罠だ。
この罠の対応はヒトの性格が良く出る部分だろう。
スゥは今回、行き倒れを確認するリスクを負ってでも危険があるならそれを炙り出し、早めに対応してしまおうと考えた。
例え無視するのが無難だったとしても、罠を張った誰かが近くに居るかも知れないと考えながらこの先を進むのは気持ちが悪い。
(一人だったら無視するんだが……プリデールが居るなら危険は排除して進んだ方が良いか……)
行き倒れはうつ伏せの状態で倒れているので、スゥはキャスターから長さ2メートル程の棒を取り出して、ひっくり返して顔を見てみる事にした。
それに仰向けにすれば確定できる情報が増えるかもしれない。
そしてそれはスゥの読み通りだった。
「よっこいしょっと……ん?なんでコイツがここに?」
スゥは行き倒れの顔に見覚えがある事に少し驚いた。
「ここにコイツが居るって事は……どうやら罠では無いっぽいが……さて、どうしたもんかね?」
少ししてからキャンピングカーのキャビンの入ってきたのは、傷だらけの少女に肩を貸した状態のスゥだった。
それを見たプリデールが驚いた表情をした。
「あら、野盗じゃなかったのね……そのヒト、助ける事にしたの?」
スゥはプリデールの向かいのソファに少女を横たえた後、大儀そうにプリデールの隣へ腰掛けた。
「ふー……コイツ、昨日話した闘技場のチャンプだよ、理由は知らないが行き倒れてた」
「ふーん、それで一体どういう風の吹き回しなのかしら?」
「昨日はコイツが勝ったから美味い焼肉を食えた様なもんだからな、ちょっと面倒見る位ならしてやってもいいかと思ってね」
「……そう。貴女って意外とおせっかい焼きなのね、もっと薄情なのかと思ってたわ」
「そこは否定は出来ねえけどなぁ……こう見えても出来た縁は大事にする方なんだよ」
「そう」
意外にもプリデールは嫌な顔をせず、そのまま読書に戻った……嫌がっていないというよりも、あまり興味が無いのだろう。
・・・
「ん……?」
スゥに拾われてから半日位経過した頃、闘技場のチャンピオンこと20番が目を覚ました。
「車の中……?」
一定のリズムで聞こえてくる振動とエンジン音から、なんとなく何かの車両の中だろうという事が分かる。
追っ手に捕まってしまったのかと一瞬焦ったが、別に四肢が拘束されている訳では無いし、何故か体に毛布がかけられている。
もしノアからの追手なら、そんなことをする筈が無い。
「……目が覚めたようね」
正面から聞こえた声に目を向けると、プリデールの桃色のゴスロリドレスが一番最初に目に入った。
20番は突然奇抜な恰好の見知らぬ人間を見た驚きから、思わず声を上げた。
「わっ!?」
「大丈夫、私は貴女の敵じゃないわ」
そういってプリデールは本を閉じて運転席へと声を掛けた。
「スゥ、起きたわよ」
「あいよ……適当な所に停めるから、それまでちょっと待っててくれ」
というわけで現在スゥとプリデール、そして20番の三人はキャンピングカーのキャビンで向かい合って座っているのだった。
プリデールは既に何事も無かったかの様に読書に戻っていたが、スゥが珍しく人当たりが良さそうな顔で口を開いた。
普段とは違うスゥの振る舞いをプリデールは横で微妙な顔で見ていた。
「身体は平気かい?」
「ええ、おかげさまで……助けて頂いたみたいで、ありがとうございます」
一応礼を口にしてはいるが、20番は二人の事をまだ警戒している様子だった。
「そいつはよかった……アタシはスゥ、こっちのはプリデールって言うんだ、よろしくな」
「よろしく」
自己紹介をするスゥ達に対して20番は申し訳無さそうな、言いにくそうな表情を浮かべた。
「あの……すいません、私……名乗れる名前が無いんです」
「あぁ、気にしなくて良い。別にアンタの事を詮索するつもりは無い」
「……ありがとうございます」
スゥはおもむろにキャスターから地図を取り出してテーブルに広げた。
「アタシ達は今、港町カラカッサに向かっている途中なんだが……そこでアンタを下ろす予定だ、問題は無いか?」
20番はスゥの出した地図をまじまじと見つめた。
しかしながらノア生まれの20番は生まれて初めて街の外に出た為、地図というものを見た事が無いらしく、それを把握するのに難儀している様子だった。
そんな20番を見て察したのか、それとなくスゥが助け舟を出した。
地図を指で指しながら、それを地図上でスライドさせていく事で場所を教える。
「……アタシ達は今朝ノアを出て、今この辺だ。そして目的地のカラカッサはここだな」
地図の詳細はよくわからなかったが、とにかくノアから離れたかった20番はそれを了承し、改めて頭を下げた。
「……なるほど、わかりました。よろしくお願いします」
「まぁ、遅くとも明日には着くから、それまでゆっくりしてるといいさ」