ピジョンの地下闘技場は、まず会場の中心にリングがあり、周囲を高い壁で囲んでいる。
その壁の外側にすり鉢状に観客席は設置されていて、その更に上の天井近い部分にマジックミラー張りのVIPルームが並んでいるという構造になっている。
VIPルームの中に混ざって一か所だけ観測室があり、中では白衣を着た研究者数人と物々しい機材が設置されている。
彼等はリング上で殺し合う実験体キメラ達のデータ収集が仕事で、ここで集めたデータが開発室にフィードバックされて新しく高機能なキメラ(奴隷)が造られるという訳だ。
白衣の研究員の一人が、眼下で行なわれた20番とオーグル戦いの顛末を記録しながら呟いた。
「おぉ、これは珍しい……『ブーステッドアテリアル』を発現させましたか……しかしまだこの数値では片鱗といった程度ですが……」
白衣の男は周辺の計器を見ながら手元の端末に熱心に何かを入力している。
するとその背後で自動扉が開き、フクロウをモチーフにしたオペラマスクの男が入室して来た。
奇妙な事にオペラマスクの男も同じく白衣を着ていて、白衣にオペラマスクという冗談みたいな出で立ちだ。
研究員がオペラグラスの男に気付くと、慌てて向き直って挨拶をした。
「ああ!これはマナグ様、申し訳ありません!今丁度珍しいデータが取れたものでものですから、気付くのが遅れてしまいまして……」
マナグと呼ばれたオペラマスクの男は研究員に軽く挨拶を返すと気にしなくても大丈夫とジェスチャーで示した。
マナグは目元を仮面で隠しているせいで表情が分かりにくいが、口元に柔和な微笑を浮かべてそれを誤魔化している。
「ああ、そのままで結構ですよ、気になさらないで下さい……それで、何かあったんですか?」
「ありがとうございます……ええ、試験体の20番がですね。不完全ながらブーステッドアテリアルのアブノーマリティを発現させまして……!」
「ほう……!」
マナグが興味深そうな反応を見て、気を良くした研究員が興奮した様子でまくし立てる。
「ええ!なんせアブノーマリティを発現させた個体は貴重です!20番のデータは我々の研究の大きな助けになるでしょう!」
「……そうですね、20番は後で実験棟へ戻しておきましょうか……では、後はお任せしましたよ?」
「はい!お任せ下さい!」
そう言うとマナグと呼ばれた男は部屋を後にした。
闘技場のVIPルームが並んでいる廊下を一人歩きながらマナグは呟く。
「これで、また一つあの方に近づける。待っていてくださいね、ヘルメス博士……」
・・・
「ってな事が昼間あってな……」
スゥは闘技場での出来事をプリデールに話していた。
プリデールはスゥの話を聞くと珍しく考え込む様な仕草を見せた。
「……うろ覚えだけど昔そんな技術があるって話を聞いたことがあるかも?」
「マジかよ、どんな話なんだ?」
「えーと、キメラに超能力、つまりアブノーマリティを付与させるとかいう……確か名前は『ティアマト計画』だったかしら?」
「ふーん、人為的に能力持ちを造ろうってか。能力持ちの兵隊でも量産するのかね?……それよりもせっかくの『マツザカギュウ』だ!じゃんじゃん食おうぜ!」
二人は今、高級焼肉の店へ来ていた。
スゥが賭博で勝った金で焼肉を奢ると言い出したのだ。
マツザカギュウというは償いの日以前に日本という国で飼育されていたといわれている高級品種の牛だ。
食用の牛の中でも最高級といわれていたが償いの日を境に絶滅してしまった。
じゃあこの焼肉店が提供しているのが何かというと、それはノアの遺伝子貯蔵庫(ジーンストレージ)に残っていた細胞から再生させたマツザカギュウだ。
おかげでマツザカギュウのブランドは更に高級化が進み、ノア以外の場所では一食分で車が買える程だという。
そうこう話している内にウェイターが肉の盛り合わせを二人の席へと持ってきた。
「おっ、来た来た♪そうだな……タン塩からいくか」
「それじゃ、私はカルビかしらね……それと冷麺も」
・・・
二人が食事を終えて、まったり酒を飲んでいる時にプリデールが言った。
「そういえば」
「……ん?」
「明日にはもう出発できるわ」
「やっとこの街とオサラバ出来るな……残る目的地は二箇所……ルルイエと、グラングレイか」
「旅も折り返しね……思ったより楽しかったから、案外短く感じたわ」
「はじめは長丁場だと思ったもんだが……もう後半とは、早いもんだ」
スゥはジョッキのビールをぐいっとあおった。
「……おかげさまでな、それなりに楽しんでるよ」
そういってスゥはツマミに手を伸ばした。
よく見るとスゥの顔がいつもより赤い。
「もしかして……照れてるの?」
プリデールは思ったことを素直に口に出した。
「うるせえなあ……酒飲んでるからに決まってんだろ」
「ふふふ……そうね」