既に勝負は決した……筈だった。
必死の抵抗も空しく、遂に吊られたまま動かなくなってしまった20番、その体から謎の蒸気がもうもうと立ち上っていた。
その量は尋常ではなく既に20番の体は真っ白な蒸気に包まれて見えなくなってしまっている。
「クソッたれが!一体なんだッ!?」
おかしな現象を怪訝に思って一旦は攻撃を止めたオーグルだったが、このままでは危険かも知れないと頭を切り替えると、もうさっさと20番を殺してしまう事にした。
まだ少し物足りない気もするが、これだけやれば客も満足しただろうし、もしこの状態から逆転されれば今度はオーグルが笑い物になってしまうだろう。
それにオーグルは知っていた。
この闘技場のVIP席の更に上、そこで研究者達がこの殺し合いを観察・記録している事を。
つまりオーグルも含めた選手達は全員実験体であり、どんなに弱そうに見えても戦い勝ち残る為の『何か』を身体に仕込まれている。
勿論ただの被造物に過ぎないオーグルには仕込まれた『何か』の正体はわからない。
ただ一つ言えるのは油断すれば呆気なく殺されるかも知れないという事実だけだ。
「……何の真似かしらねぇが、くたばれやぁっ!」
今までの様な一撃で頭部を圧壊させる為の渾身の力を拳に込めて20番の頭を殴りつける。
噴出する蒸気で姿は見えないが、オーグルは自分の拳が20番の頭部に命中した手応えを感じた。
しかしオーグルはすぐに自分から手を離す事になる。
「あっぢぃぃ!!!」
拳に焼け付く熱を感じたオーグルは悲鳴を上げながら反射的に拳を20番から離した。
そんなに長い時間触れていた訳ではないのに、オーグルが自分の拳を見てみると火傷で皮膚が爛れていた。
突然の事態に勝敗もハッキリとせず、観客も戸惑いどよめくばかりだ。
会場のどよめきが破られたのは、劈く様な20番の咆哮によってだ。
「ウグアア!アアアアア……!」
悲鳴か、または慟哭の様な、怒り狂っている様な、泣きじゃくっている様な咆哮が会場に響き渡る。
そのあまりの迫力に気圧されて観客達は声を上げる事すら忘れ、皆一様に息を呑んでいた。
次に20番の両腕を拘束している太い鎖が徐々に音を立てながら歪み始めた。
バツン!という音と共に鎖が千切れると、ドサッという落下音が聞こえた。
「ガ……ガァ!…………ガァアアアアア!」
まだ晴れぬ蒸気の中から獣の様な咆哮を上げながら20番が飛び出してきてオーグルに突っ込んでいく。
先程とはうって変わって20番の瞳からは理性が消え失せていて、意識があるかどうかすら怪しい。
「……チッ!こぉのメスガキがぁ!」
オーグルは20番を迎撃するべく構えなおした。
一直線に突っ込んでくる20番の拳をオーグルは両腕でガードした。
「何がどうなったのか知らねえが、力任せが通ると思うなよ!!!」
20番の華奢な拳はオーグルの3メートル超の巨体を軽々とガードの上から吹き飛ばした。
「なにぃぃ!?!?」
背中を壁に打ち付けたオーグル目掛けて20番はさらに追撃する。
オーグルが頭部を両腕で防御するが、尋常ではあり得ない20番の膂力を前に全く意味を成さない。
オーグルの頭はまるでパンチングボールの様に闘技場の壁で何度も何度も跳ねた、オーグルの頭が壁に打ち付けられる度に壁のひび割れは大きく、深くなっていく。
遂には一つしかない眼球に拳が突き刺さったのが決め手となって根を上げた。
「ま、まいった!おめぇの勝ちだ!降参するよ!なぁ!?」
だが理性を失った20番に声は届かず、試合終了のアナウンスも流れない。
ここで闘うモルモット達に生き残る権利は与えられていない……それは20番にしてもオーグルにしても同じ事だ。
「やめろおおおおおおお!」
しばらくの間オーグルの巨体が紙切れの様に闘技場を舞い飛び、オーグルが動かなくなって暫く経った頃、20番も突然糸が切れたように崩れ落ちて動かなくなった。
闘技場の客達がざわめく中、丁度闘技場の中心にあるディスプレイに表示された勝者の名前は20番だった。
一番人気のオーグルが負けた事で大損をこいた闘技場の客達は阿鼻叫喚の狂乱状態に陥った。
「……やれやれ、ざまあみろだ。とばっちりを食らう前に大人しく帰るとするか」
大穴を当てたスゥは静かに闘技場を後にした。