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かたつむりの観光客33

 いざ試合が始まってみると、その内容は触れ込み通りの、まぁ酷いものだった。

敗者が殺されるのは当たり前だし、さらに最低な事に勝者が敗者を殺さずにいたぶったり辱めたりする行為も当然の如く容認されていて、観客も見世物が残酷であればある程エキサイトする始末。

一方でスゥは他の観客が盛り上がる中、少々退屈そうに試合を眺めていた。

暗黒街の何でも屋には安全圏から眺めるだけのスラッシャー・ショーは少々物足りなく感じた。

というか観客が居なかっただけで、スゥ自身も似た様な事をした経験がある。

人権を認めないという強いルールの下で行われている行為が、新月街の下層では日常茶飯事なのだ。


(こういうのを見てると下層に居た頃を思い出すねぇ……改めて思い出してみてもヒデェ場所だったぜ)


 そうこうしている内にスゥが賭けた20番の選手が準決勝を勝った。

20番は拳闘で戦う若い女性で、こんな場所には不釣り合いな程に透き通る様な水色の髪と褐色の肌が特徴的だった。

スゥが20番に賭けたのには理由があった。

20番は一回戦で目にも留まらぬ程の素早いフットワークを駆使して、あっという間に相手との距離を詰めて相手を一方的にボコボコ殴りまくった後、最後は豪快な右ストレートで相手をKOして勝利を収めた。

対戦相手は血溜まりの中でピクリとも動かない状態だったが、しかしまだ死んではいなかった。

何も知らない観客達は倒れる事も出来ないままに一方的に殴られ続けて二目と見れない顔へと変貌していく敗者の姿に大層満足していた。

スゥはそれが偶然では無く20番の手加減によるものだと見抜き、そこに多少の興味を惹かれた。


(こんな場所で手加減ねぇ、そんな事してる場合じゃねぇだろうに……あの20番、どうなるのかなっと)


 20番の決勝の相手はトーナメント表のシードに配置されていた『青鬼オーグル』だ。

彼は青肌に一つ目のキメラで身長3メートルを超えている大男だ。

このサイズになるとキメラ[※遺伝子が変質した元人類、または人類を基準として造られた人造人間]というよりも、モッド[※野生化した改造動物、生物兵器群]の巨人種だと言われても分からない。

筋骨隆々の体躯から繰り出される圧倒的なパワープレイは勿論の事、見た目とは裏腹にテクニカルファイターでもあり、大型船舶の牽引にでも使う様な巨大な鎖を武器に暴れ回る。

相手の首と両脚に鎖を巻きつけて拘束した後、それを力任せに引っ張って対戦者の身体を引きちぎり血の雨を降らせるというパフォーマンスを得意としており、その見た目の派手さや残虐性から客のウケも上々だ。

20番とオーグルが入場門から姿を現すと闘技場はまたたくまにオーグルへの声援で埋め尽くされた。

ここに居る者達は皆、若い女がバラバラになるショーを期待しているのだ。


「どうやら客はお前の血がご所望のようだぜぇ!?グハハハッ!」


 オーグルがマイクパフォーマンスとばかりに大声を張り上げて嗤った。

大袈裟に厭らしく、下卑た舌なめずりで観客を湧かせる。

見かけによらずマメでサービスの良い男だ……まぁ、こういう所が人気の秘訣なのだろう。

一方の20番は青鬼を相手にしても一切怖気づく様子も無く、冷静だった。


「……残念だけど、その期待には応えられそうに無いね」


 両者は所定の位置へついて、試合開始のゴングを待つ。

短い睨み合いの間、両選手の緊張が観客達にも伝わったのか会場が一気にシンと静まり返る。

会場のモニターに「FIGHT!!」という文字を画面一杯に表示されると同時にゴングが響き渡り、殺し合いの開始を告げた。

20番は両拳を顎の下に揃えて構えるピーカーブースタイルの構えをとり、試合開始と同時に弾丸の様な速度でオーグルとの間合いを詰める。

そして挨拶代わりと言わんばかりにオーグルの腹部を目掛けて渾身のストレートを叩き込む。

オーグルも図体に似合わない軽やかな身のこなしで20番の攻撃に反応し、左手でそれを防御すると残った右腕と鎖を大きく振り回して20番を捕らえようとした。

しかし大振りな攻撃では20番を捉える事は出来ずオーグルの鎖は空を切り、そのまま間合いの外まで逃げられてしまう。


「まだ終わらねぇぞ!ウルァ!」


 オーグルは空振りの隙を埋めるように太い鎖を大蛇の様にしならせて、20番に再び襲いかかる。

鎖による波状攻撃を器用な体捌きで避けた20番は、鎖が伸びきった所をチャンスと見て一気に勝負を決めにかかった。

自慢のフットワークを生かして肉迫しインファイトに持ち込むと一気にラッシュを仕掛ける。

スピードでは20番に劣るオーグルは防戦を強いられる形になったが、まだまだ体力には余裕があり、口元には余裕の笑みが浮かんでいた。

しかし観客は防戦一方のオーグルに対して業を煮やし、オーグルに対してもブーイングを飛ばし始めた。

やれ「引っ込め!」「死ねッ!」「金返せデブ!」だのと、無責任で聞くに堪えない下品な野次ばかりだ。

20番の猛攻にオーグルの巨体が圧され始めた頃、なかなか倒れないオーグルに対して勝負を焦ったのか、20番は大きく踏み込んで必殺のストレートを放った。

その時、ガードの奥のオーグルの一つ眼が光った。


「ぐへへへへへッ!そういうの待っていたぜェ!」


 20番の必殺の一撃がオーグルを捉えようとしたその時、青鬼が吼えるように嗤った。

それと同時に20番の必殺の一撃がオーグルにいなされてしまった。


「くっ!?」


 20番が策に嵌ったと気付いた時にはもう既に手遅れで、オーグルが先程放っていた『ワザと戻していなかった鎖』がジャラジャラと鳴き声を上げながら主人の下へと巻き戻り始める。

間に居るのは体勢を崩したままの20番、戻って来た鎖はそのまま20番の両腕を絡め取って拘束し、そのまま宙吊りにしてしまった。

オーグルは動けない状態の20番を壁まで押し込むとキャスターから太い鋼鉄の杭を取り出して、それを思い切り壁に突き立てた。

そこに20番を鎖ごと引っ掛けてぶら下げると観客に向けて自身の胸を力強く叩いてゴリラの様にアピールした。

観客達は現金なもので先程のブーイングなど無かった様に全て歓声に上書きされた。

拘束された少女を凶暴な青鬼が蹂躙する残虐なショウが始まろうとしていた。

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