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かたつむりの観光客32

 七大都市を巡るスゥとプリデールの二人旅は『歓楽都市新月街』から出発して、現在は五つ目の科学都市ノアに居る。

そもそも戦後の七大都市とは『学園都市ジュラルバーム』『金融都市ビッグ・スカボロウ』『芸術都市ケテル』『科学都市ノア』『海運都市ルルイエ』『傭兵都市グラングレイ』の七つを指す。

これらをまとめて七大都市と呼び、戦後の文明再興の立役者であると同時に戦前の国という概念に取って代わって台頭した勢力達でもある。

基本的に七大都市は協力関係にあるが、反面利害関係は複雑に絡み合っており、どの街も他の街に取り込まれない様に存在を主張しあって牽制しあっている。


・・・


 今までの時もそうだったが、新しい街に到着するとプリデールは仕事に取り掛かる為スゥとは別行動になり、当然その間スゥは暇になる。

ノアは街としては面白みに欠ける所で、治安も良く街並みは整然としているが、コンクリート製のビルはどれも似たような造りで見ていてもつまらないし街行く人々もまるで能面の様に無表情で、どこか息が詰まるような雰囲気がある。

そういう街なので現在スゥは大人しく面白みの無いビジネスホテルのベッドの上で携帯端末を弄って暇潰しをしていた。

なんとなしにノアの情報を検索し、それらを流し読みしていると多少目を引く情報を見つけた。

それはノアの歓楽街に関するものだ。

規模や質で言えばノアの歓楽街は世界最大の歓楽街である新月街はおろか他の街にすら大きく劣っていると言わざるを得ないが、ノアには他には無い特徴がある。

セカイがこんな風に変わり果ててしまった今でも、ノアはあくまで人間の為だけの街であり、未だにノアはキメラを同じ人間とは認めないという姿勢を貫いている。

どんなに人間と近くてもキメラである以上、ノアでは人権を持てないのだ[※それでも外から来た者は客という扱いになるので、身の安全や権利はある程度保証されている]

つまりノアの歓楽街…………そこには人権の無いのキメラを『使った』背徳的で濃厚な娯楽がある。

殺しも出来る性風俗、キメラの肉を食べれる飲食店、奴隷の売買……キメラであるというだけで、この街では消耗品扱いされる。

外から来たキメラ達は『自分がノアの生まれでなくて良かった』という歪んだ安堵と共に、安全な場所から歪んだ人間達の生み出した娯楽を消費するのだ。

その人間種が本能的に持つ後ろ暗さが、この町から客の姿が途絶えない理由と言えよう。


・・・


 流石にここまで突き抜けていると、逆に興味を惹かれてしまうのがヒトの性というものだ。

スゥは今、ノアの歓楽街を歩いていた。

目当てはネットで見つけたバーリトゥードルールの闘技場だ。

ノアの歓楽街は小規模故に道も狭く入り組んでおり、それがまたアンダーグラウンドな空気感を増幅させていた。

狭い裏路地にある地下闘技場への入り口を発見したスゥは、普通のヒトなら躊躇ってしまう様な雰囲気の薄暗い階段をお構いなしにズンズン降りて行く。

階段を降りた先には能面の様に無表情な奴隷が受付として立っていた。

割高な入場料を支払った後、スゥがポップコーンとコーラを買って席に座る頃、丁度戦いが始まる所だった。

人ごみを嫌ったスゥは、戦いが良く見える最前列ではなく、客がまばらな後ろの方の座席に腰を落ち着けた。

ここで改めて会場を見回してみると、天井は50メートル位で全体の形としてはコロセウムに似ている。

選手の入場口が向かい合って二つあって、リングの周囲をぐるりと高い壁が囲んでいた。

壁の上にはすり鉢状に観客席が設置してあり、更にその上に闘技場の天井と一体化する形でVIP席がある。

VIP席はマジックミラーになっており、会場から中の様子は見えないようになっていた。

リングと観客席の間には鉄塔状の装置が等間隔で建っていて、どうやら鉄塔がバリアを発生させる装置らしい。

たまに鉄塔付近に見えるノイズの様なものから、なんとなくそれを察す事が出来た。

この程度の技術でさえ、ノアの外に行くと再現不可能なロストテクノロジーと呼ばれ珍重されるものだ。

それをこんな場末の娯楽施設に使っている位なのだから、ノアの持つ科学技術の高さが垣間見える。


「お待たせ致しました!本日はトーナメント方式の試合になります!皆様、どうぞ心ゆくまでお楽しみ下さいませ!」


 平日の昼間だからか客の入りはあまり良くなかったが、そんな事を気にも留めていない様なテンションが高いアナウンスが場内に流れる。

すると場内はこれから始まるショーに対する湿った殺気に似た熱がムワッと高まり、濃くなるのをスゥは感じたのだった。


「……おーおー、盛り上がってら」


 今日行われるのはトーナメント方式の殺し合いで、一対一の戦いを勝ち抜いていく試合形式だ。

観客はまず一回戦の様子を見て出場者の力量を測り、二回戦から賭けを行なう。

賭けることが出来るタイミングは一回きりで、一試合毎に賭けを行なうのではなく優勝者を当てる方式になっている。

その後、人気の偏り等で払い戻しの倍率が決定されてから、二回戦が始まる。

今日の参加者は25名、内一人がシード権を持つ前回の優勝者だ。

プリデールから受け取った前金で懐が温かいスゥは、せっかくならここは一つでっかく遊んでやろうと、100,000ゴールドをポンと賭けてみる事にした。

これはスゥの一ヶ月分の小遣いに相当する金額で、この額をギャンブルに突っ込むというのは普段のスゥからは考えられない行動だ。

[※ちなみにこの時代での金銭感覚は大体現在の日本円と同じで、100,000ゴールド=100,000円位になる]


「さてさて……どんなもんか。暇潰しに儲かりゃ万々歳なんだが」


スゥは欠伸をしながら頬杖をついて、試合を眺める事にした。

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