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かたつむりの観光客31

 かつて究極の生物兵器ゲヘナによって引き起こされた地球規模の大災害、通称『償いの日』により世界人口の九割が死んで、それまで存在していた全ての国家はその日を境に地球上から消滅した。

未曾有の大災害を生き残ったのは獣性細胞を体に取り込む事によりキメラへと変質した元人間と、戦時中に兵隊として造られた後、国家が消失したせいで放置状態になってしまった人造人間キメラ達だった。

人間とキメラ、元々は変質した人間をそう呼んでいたが、もうそれも昔の話だ。

現在の地球環境を生き抜く為、ほぼ全ての人間は獣性細胞を自らの身体に取り込んでキメラになった。

そんな世界で今、スゥとプリデールは――――――渋滞に巻き込まれていた。


「戦争は終わってヒトが大勢死にまくったってーのに、なんでまだ道が混むのかねぇ…………あー、一服してえ~」


遅々として動かない車の列に運転手のスゥは辟易して悪態をついた。


「どちらかというと道が混んでるというよりも検問が遅いのだわ、まぁノアの検問は毎回こんなものだけど……あと煙草は我慢してちょうだい、密室だと匂いが付いちゃうもの」

「辛れぇ~……しかし検問なんざそんなに念入りにする事かねぇ……まさかとは思うが、ケツの穴まで調べられたりしねえだろうな?」


キャビンでソファーに腰掛けて、いつもの様に本を読んでいるプリデールの方をスゥが振り返った。


「……それよりもアンタ、ここにも来た事あるのかい?」

「ええ、前に仕事でね」


プリデールはテーブルに置いてあるティーカップを口元に運び、静かにお茶を一口飲んだ。


「じゃあなんか気晴らしに話でもしてくれよ。アタシもノアの『悪名』は噂程度にしか聞いた事がないんだ、アンタから見て、実際どんなカンジなんだ?」

「そうね……」


・・・


『科学都市ノア』

ノアは戦後にただ一つだけ残った純粋な人間達の街だ……と、言われているが実際の所、誰もノアで人間を見たことが無い。

旧世界の聖書に登場する方舟を造った人物の名を冠したこの街は要塞のように巨大な壁に取り囲まれており、例えば空から街の中の様子を探ろうとしても、町全体が膜の様なものに覆われていて見る事は出来ない。

壁の中にいる人間達は過去の戦争のトラウマからか排他的になっており、決してノアから外に出ようとはせずキメラに対してノアは絶対に扉を開かない。

なのでノアの内部がどうなっているのか、外に居るヒトは誰も知りようが無いのだ。


・・・


 ちなみに今二人が向かっているのは、ノアの玄関口である『ピジョン』と呼ばれる地区だ。

聖書によると大洪水の後、ノアは陸地を探す為に鳩を飛ばしたという逸話がある。

これにあやかって名付けられたピジョンは、いうなれば江戸時代に日本に存在した出島の様な場所で、ノアの窓口としての役割を持っている。

ピジョンを通してノアは外と取引を行なうが、ノア側の人員は思考を完全に制御されたキメラの奴隷であり、中に居ると言われている人間達は外のキメラ達と一切の交流を持とうとしない。

スゥが言う悪名というのはこの『奴隷』の部分であり、この点については当然他の七大都市からも非難されているものの、ノアは『全てのキメラは人間を基に造られた存在であり、人間の奴隷である』という考えを改めるつもりは無い様だ。


「……こんな所ね」


プリデールはノアの概要を話し終えると、再び茶に口を付けた。


「全く噂通りだな……閉鎖的な環境に奴隷と来たもんだ……如何にも辛気臭そうだぜ」


スゥのリアクションを見たプリデールは少し考えてから言った。


「そうね……今までの街にあった活気とは縁遠い街ね、綺麗に整っているけど無機質で生活感が無いわ」

「ぐぅあああ……」


 スゥはモチベーションが体から抜け落ちるのを感じて身悶えた。

そうこうしている内に気が付けば二人の乗る車はノアの巨大な扉の前まで来ていた。

高さ100メートルは超えているであろう巨大な壁は分厚くて威圧感たっぷりだ。

その根本にはこれまた大きな20メートル位の高さの大扉があり、結構な数の奴隷キメラ達が一つ一つの車両や荷物や乗員を丁寧に検査していた。

その様子をボーっと見つめながらスゥが言った。


「……ようやっとアタシらの番だな」


 更に倦怠感を高めるスゥを見て、なんだか楽しくなってきたプリデールが追い討ちの様に言った。


「……こんな街だし、検問始まってからも結構かかるわよ?」

「オイオイ、勘弁してくれ……なんでちょっと楽しそうにしてんだよ」

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