壁の照明を点けると、この店の店員であるライムにとって見慣れた店内が照らし出された。
スゥとプリデールの二人旅から所変わってここは開店前のピンクジャム、そして電気を点けたのは蜘蛛のキメラの女性だった。
彼女の名は『ライム・マーコット』ピンクジャムの従業員兼スゥの妹分だが、スゥもライムも元々孤児で二人の間に血の繋がりは無い。
開店前の買出しを終えた彼女は買ってきた食材を冷蔵庫に仕舞うと、そのまま店内のソファに腰掛けた。
どうやら開店準備に取り掛かる前に小休止を挟む様だ。
ライムは頬杖を付きながら携帯端末を弄り始める。
何の気なしにニュースを巡回していると「ミツボシ・シセイ新作発表」という見出しが目に留まった。
ミツボシ・シセイといえば、ケテルで行なわれるパリ・コレクションにも常連の一流デザイナーとして有名な人物だ。
彼女のデザインするのはゴシック・ロリータ寄りのドレスでコアなファンが多く、その作品には何百万ゴールドという高値が付く事も珍しくないという。
感性が一般人のシトラスにとっては一体どんな物好きがそんな服を大枚叩いて買うのか理解も出来なかったが、何か話の種になるかもという軽い気持ちで記事を覗いてみる。
記事には画像がついていて、新作であるだろう純白のドレスを着たモデルが写っていた。
(ん……?)
その画像に違和感を覚えたライムがよくよくその画像を見てみてると、驚くべき事に気が付いた。
「は……?え!?姉ちゃん???」
普段からファッションには全く興味を示さずに『服なんざ着られりゃ上等なんだよ!』と言った感じのスゥがモデルをしているとはにわかには信じられず、何かの間違いだろうと思ったライムは手掛かりを求めて食い入るように記事を読んだ。
しかしながら、モデルに関しての情報は「偶然であった素人にお願いした」程度の事しか書いておらず、これだけでは確信には至らない。
ライムは問題の画像をもう一度よーく観察してみたが、しかし一旦疑い始めると、どうしてもそれがスゥに見えて仕方が無い。
ライムが一人頭を抱えていると、店内に新たに女性がもう一人やってきた。
スゥとライムの育ての親であり店のオーナー兼ママの豚のキメラ、ステラ・ローズだ。
「ちょっとアンタ、そろそろ準備始めちまいなよ」
ライムはステラの小言を意に介さず、間髪居れずステラに飛びついた。
「あっ!ママ!コレ見てよ!コレぇ!」
そう言って例の画像の写っている携帯端末をステラの眼前に突き出す。
「なんだいなんだい、藪から棒に……あら?これスゥじゃないの?」
長年客商売をやっていたステラは、一目で写真の女性がスゥだと見破った。
完璧に化粧をしていて一見すると本人とはわからなくなっているがステラの目は誤魔化せなかった。
それを聞いたライムが食いついてきた。
「やっぱそうだよね!ね!?何で姉ちゃんがモデルやってんだろ!?」
興奮気味のライムをいなす様にステラが言う。
「そんなのあたしが知るわけないだろ……本人が帰ってきた時にでもききゃあいいじゃないのよ」
ステラは『純白の貴婦人』みたいな、フリッフリのゴスロリドレスを着せられているスゥの画像を見ながら派手に笑った。
「それにしても……けったいな格好だねえ!いっつも『服なんざキョーミねえ』とか言っちゃってんのにサ!」
「だよねェ!これ面白いよねえ!?」
二人はひとしきり大笑いした後で、ライムが意地の悪い顔になった。
「こりゃあ、姉ちゃんが帰って来たら詳しく聞かなきゃね!」
「……やめときなよアンタ、前にあの子を怒らせた時なんか、眉間に風穴開けられそうになってたじゃないか」
「ダイジョーブダイジョーブ!こんな写真が出回ってるって事はさ、姉ちゃん本人も承知の上って事なんだから、非難される謂れはないよね!」
「アンタも懲りない子だねえ……」