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かたつむりの観光客27

 グランシャリオの販売スペースの奥に立て札があり、そこには従業員専用と書いてある。

立て札を超えて通路を進むと従業員の休憩所兼応接間の部屋に入る事が出来る。

更に応接間を通り過ぎて奥へ進むと、ようやく撮影用のスタジオに辿り着けるのだ。

スゥが連行されたのは店舗とスタジオの間の応接室だった。


「ほんの少~しだけ、ここで待っててちょうだいね。全然そんなに大したものじゃないんだけど!書類とか用意しちゃうから!」


そう言ってミツボシはスキップする様に軽い足取りで応接室から出て行った。


「……ふぅ~」


一人になれたおかげか、多少落ち着きを取り戻したスゥは考えた。


(さて……どうするか、本当に嫌ならここで逃げちまえばいい訳だが……おっ?)


 スゥはスタジオの隅に設置されている喫煙スペースを目ざとく見つけると、早速懐から取り出した紙箱から一本くわえると、慣れた手つきでそのまま火を付けた。

大きく息を吸い込むと、メンソールのキツめのフレーバーが静かに頭を冷やしてくれる。


(まあ……せっかくだ、確かに経験の無い依頼だが、どうするかは金額を見てから決めればいいか。なんでもやるのが『なんでも屋』だからな、それにしても……)


 妙な事になったとスゥは思った。

以前プリデールに言った事は誇張ではない。

なんでも屋の『なんでも』は汚れ仕事を意味している、というのが新月街での常識だった。

スゥは今まで本当に『何でも』やって来た。

地獄の様な新月街下層のスラム、そこで生き抜く為に殺しも盗みも経験済みだ……そんな自分が今、モデルの仕事を持ちかけられているなんて。


(まぁいい……仕事は仕事だ、新しいコネになるかもしれねぇ)


 スゥは煙草を灰皿にぎゅっと強めに押し付けて火を消した。

それは気持ちを切り替えるというごく個人的な儀式であり、今の気持ちがどうあれ、この一本を吸い終わったなら腹を決めなければならない。


(それにしても、アイツと居ると妙な事ばっかり起きやがる……退屈しねぇな、全くよぅ)


スゥは静かに口元を緩めた。


・・・


 結局、スゥはミツボシの依頼を受ける事にした。

モデルの経験も無いから満足のいく結果を出せないと念を押してみたり報酬の金額を吹っかけたりしたものの、ミツボシの意思は固く残念ながら無事契約の運びとなった。

そして今、スゥは珍しく表情を引きつらせている。

原因はミツボシが用意したモデルの衣装だ。

真っ白な生地に銀色のレース、ダメ押しにクリーム色のフリルが山の様に盛り付けられている。

端的に言ってウェディングドレスの様なゴスロリ衣装だった。


(迂闊だったぜ……考えてみたらアイツの行きつけの店だからな、こうなっちまうのは予想できた……それにしてもどーやって着りゃいいんだこの服?)


純白の衣装と自身のイメージとの深い溝にスゥがすっかり及び腰になっているのもどこ吹く風、ミツボシはもうおっぱじめるつもりらしい。


「じゃあ、このドレスから行きましょうね!あ、心配しないで!着付けもウチのスタッフがちゃーんとサポートしますからね!」


どこからともなくスタイリストやら、メイク担当のスタッフ達がゾロゾロと現れてスゥを取り囲んだ。


「あの……」


何か言いかけたスゥの声はミツボシの気合の入った大声にかき消された。


「ハイ!じゃあ時間もあんまり無いけど、頼むわよ皆!」

「「「はい!」」」


 ミツボシに負けず劣らずスタッフ達も気合十分の様子で、とても素人が何か言い出せる様な雰囲気ではなかった。

スゥは諦めた顔で再び強制連行されるような形で着付けに向かった。


「あぁ~……楽しみねぇ~……きっと、きっと可愛くなるわぁ……!」


 ミツボシはまるで夢見る少女の様に目をキラキラと輝かせながら陶酔していた。

ミツボシがスゥにモデルを頼んだ理由は、スゥの目に強く惹かれたからだ。

どこか厭世的で全てを睨めつけている様なあの瞳……あの瞳がイイのだ、あの暗い瞳が私の作品の魅力を最大限に引き出してくれるとミツボシの直感が叫んでいた。


「……作品って綺麗なだけじゃダメなのよね、眩しい光の裏に昏い闇、美味しい料理に一滴の毒……それが私に高みを見せてくれるのよ!私の作品(光)とあの娘の闇……その先には一体どんな景色が待っているのかしら……!」


 ミツボシは自分の作品の誕生を今か今かと待ちわびていた。

それは初デートの待ち合わせをしている初心な少女の様に年甲斐もなく、どこか初々しささえ感じる程だった。

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